どれだけ長い時間
どれだけ曖昧な時間
僕は全てを疑い続けるのだろう?
Moment Musical
・・・1・・・
「よぅ、青年」
その話し掛け方は酷く自然で、だから一緒それが日常の一部のように返事を仕掛けたのだけれども。
ありえない筈のその人物が、自分の通う大学のキャンパスで、何で咥え煙草で闊歩している?
「本職はどうされました?」
「どうもこうも。本業での上京だ。立派なお仕事だよ。
ところで社会不適応者はどうした?」
「多分、捜査本部の方に」
「成程」
学生なんてやっているって云うから見物しに、わざわざ足を囲んだのに。
「そいつはタイミングが悪かったな。ま、いいか。暇か?青年」
「は?あの・・・」
「付き合え。心配するな、奢ってやる甲斐性位は持ち合わせている」
初対面同様、暴君よろしくな口ぶりだが、先日のような棘は無かった。
Lがいない故だろうか?だとしたらなんとも皮肉な話だが・・・・
「先生は時間大丈夫なんですか?」
「勿論だ。ついでに恋人は地元だからナンパもこう気軽に出来るってわけだ」
ナンパ。
本当にこの人物には似合わないと想う単語だ。言葉の割りに、云っている本人があまり実感を込めていないせいでもあるだろう。
「ナンパって何だ?ライト」
背中越しの死神の声に、頭痛がする。
どう説明すれば、この死神、この目の前の人物を自分のノートに書かないでいてくれるだろう?
こんな所でこの人間が死んだら、嬉しくない疑いがかかることは必須じゃないか。
とりあえず無視することにして、この曖昧な人物の申し出を受ける。
Lとちがって、外見はこざっぱりした美形だし、本命はいるし。
安全パイって云えばそうだよね。
それに。
この人物の、その目の先を、知りたいと想ったのだ。
かみであるきらを守るためにも。
・・・2・・・
結局かんだかんだと学食になったのは、単に面倒だったからだ。
多くのざわめきが、あからさまに集中しているが、近寄ろうとする度胸までが無いことには安堵する。
「先日は、お名前も存じませんで。
ご高名な<探偵>さんだと」
「前にもいったが、俺はしがない研究者だ。高名でもなんでもない。
有名って言うんなら、あいつの方が一般向けだしな」
あっち、というのはつまり。
「あの、有栖川先生ですね。付け刃ながら、作品も拝見させていただきました」
「あいつも喜ぶよ」
社交辞令のような言葉に、男は本当嬉しそうにそう応えた。
自らのことよりも、相手のことの方が。
先日の自己中っぷりからはイメージすらわかないほどの和やかさ。
口のほうだけは相変わらずだが。
「それで、今日は」
「いやさ、さっきも言ったとおり、あくまで別口。
だからアリスはいないが、連れはいる。
尤も、さっき呼び出されてんだ。面倒見はいい奴でさ。
帰りの電車も時間があるし、時間潰しには丁度いいかなと思ってな。」
どうやら本気で時間潰しであるらしい。
日頃緊張感のある生活ばかりしているせいで、どうも勘繰ってしまう癖がついている。
「で、僕は貴方の暇潰しに付き合えばいいんですか?」
「否定はしないが、ちょっと違うな。
そういえばお前さんの意見を聞いていない、と思っただけだ」
「いけん・・・・・・」
何の、とは白々しいだろう。
自分たちの間であった話題は、唯一つ。
「キラ」だ。
「勿論、聞いた所でどうだ、っていうはなしだ。
俺は<キラ>を研究対象にしていないし、正体を知ったところでなにかが出来るはずも無い」
何人もの警察関係者と任意になっている男の言葉とは思えないが。
知っているからこそ、その思いは強く、だがそれを表にすることは出来ない・・・・
大体、「キラ」の話題は、既に人々の中で日常の一つとかしているのだから。
「でも、興味はある、ですか?」
「どうかな。単に君との共通話題が、他に無いのかもしれない」
男の口調はごく自然で、同じだけ曖昧だった。
目的が見えないという点ではLと同じだが、疑っているかどうかすらわからない辺り、些か居心地の悪さは大きい。
「キラ、ですか」
一度、問われたことを改めて確認するように呟き、それからLにも話した「推理」を告げた。
男は黙ってそれを聞いていたが、やがて何を思ったか踏む、と指を唇に滑らせた。
どこかセクシャル的な印象が強い、さり気無い仕草。
「やっぱ、お前さん、キラと怪しまれても仕方ねぇのな」
頭いいもんな。
褒め言葉、なのだろうか。嬉しくないな、と複雑に思う。
「因みにさ」
「はい?」
「お前さんは、キラ、という存在を、認められるか?」
「・・・・・・・・・・・さぁ」
L相手であったなら、即座に否定できただろう。
しかしこの目の前の男相手では、何となくではあっても嘘はつけないと思った。
キラを、否定することは出来ない。本当は。
それは同時に、自分を否定しかねないからだ。
だがそんな曖昧な会話を続けていたところで、不意に携帯の音が響いた。
自分のものではない。
そう判断したのと、目の前の男がその音を止めたのは同時だった。
どうやらメールらしい。
そして待ち人であったらしく、だがひょと、っと見てから、舌を打って顔をしかめた。
「・・・・・・・?」
「青年。テニスコートわかるか?」
「あ、はい」
反射的に頷いた後で、背中の方で死神が「ボールを打ち合う奴だな、あれとやってた」と呟いた。
憶えていたんだ、と。
少し面白く思った。
・・・3・・・
そこには酷く長身な男がいた。
大学では見たことが無い。見ていれば印象に残っている筈だ。
この状況だと間違いなく、自分を捕まえていた男の「つれ」と言う奴だろう。
「乾」
テニスコートを縦横無尽にかけていた男は、傍らに立つ男の声にほっとしたような顔・・・・多分・・・で振り返った。
酷く分厚い眼鏡がその男の表情を隠してしまったのだ。
・・・・・?
だが、その眼鏡には、何となく記憶がある。
「先生」
「そろそろいくぞ。
ただの練習アドバイスじゃなかったのか?何で打ってるんだ」
あきれたような声で言う男は、さっきよりもどこか芝居めいて見える。
多分、先程のメールは抜け出す為のSOSだった、ということなのだろう。
「それは、いいんですが・・・・・えっと」
眼鏡の、乾と呼ばれた男が、どうやら此方に気がついたらしい。何処か疑問気に声をあげる。
視線の無い目線が気になったのか、リュークがゆた、っと背中に逃れた。
流石に異質なものを感じたのだろう。
「あぁ。知り合いだ」
にも拘らず、男はあっさりとしたことしか云わない。
そこでふと、テニス部の部長も此方に気付いた。
しかも意気込んで、このめがね男との試合を此方に言い渡したのだ。
「・・・・・・・・・・僕は部員じゃないから、コートは使っちゃいけないんじゃなかったんですか?」
「大丈夫だ。乾も部員じゃない」
そう答える部長の目には、ありありと「負かしてやる」と言う暗い意志が感じられる。
もしかしたら、この人物は大分強いプレイヤーなのかもしれないとおもうと、昔の血がじわりと滾った。
「俺も元中学チャンピオンの腕は見てみたいな。いいですか?先生」
「・・・・・・テニス馬鹿を留める力はない。
にしても中学チャンピオン?お前さん本当に何でもありだな」
男の言葉は暢気で、止めようとする様子は無かった。
どうやら、此方の意志は完全に無視されているらしい。
とりあえず、相手は自分を知っている人間だということと、それなりの技術があるということか。
「ま、がんばってこい。一応あいつも団体戦で日本一になってるから」
しっしっ、とまるで犬でも追い払うような仕草が少し腹ただしいが、その目は酷く楽しんでいる。
「・・・・・・・・・」
それよりも、言葉、が。
気になると同じだけ、つい、ラケットを借り受けてしまった。
「ゲーム・3セットマッチ。サービス夜神」
関係の無い所での腹の探り合いの無い試合は、酷く久しい。
初対面の人間とだからできる、それは心地好い心理戦の始まりだった。
・・・4・・・
「・・・・・・・思い出しましたよ。
僕が中学に入る前一年前の、団体戦優勝チームだ、青春学園」
息が上がっているのは、些か運動不足の証拠か。
相手の息は、一時こそあがっていたが既に落ち着いている。
「記憶力も上々か。ますますあの馬鹿には勿体無いな」
見物者はあっさりとそんな事を言っている。
試合は、この人に止められた。これ以上やられると、本当に今日中に帰れなくなると。
スコアは4−4.何時の間にか、決めてもいないのにデュースをかけた結果の数字だ。
「愉しかったみたいだな、乾」
「ですね。うちの面子以外は、機会が無かったですから。
それにして勿体無いな、君ならもっと上にいけただろうに」
本当に愉しそうだった。
目の表情はともかく、動きも、なにもかも。
「ライトも愉しそうだったぞ」
僕の志向を読み取ったのか、背中の死神までそんな事を言った。
どこか、そう見抜かれたことがくすぐったい。
「でも、テニスで食べていく気は無かったですし」
「俺達のメンバーでも、食っていく気は無かったけれど無茶した人間はたくさんいるよ。
君みたいに、頭も思い切りもいい連中ばかりじゃなくてね」
汗でずれた眼鏡の奥に隠れていた目が、懐かしさと遠い日へ向けたいとおしさに歪む。
驚いた。眼鏡が無ければ、十分「美形」じゃないか。
「今でも未だ、練習馬鹿なのもいるしな」
「惚気るのは後回しにして、さっさと行くぞ、乾。
今日はアリスが来る予定なんだ」
「予定って、それが今日の午前中まで決まっていなかった率、78%」
「うるせぇ。逆光眼鏡」
記憶を辿るなら、まだ精々3・4回生である筈の男は、やけに正式の研究者と仲がよさげだった。
「じゃぁ、青年。元気でな」
「あ・・・・・・はぁ」
とりあえず、巨大ともいえる男を引きずって、自己中な研究者はその場を去る。
呆気にとられていた自分すら信じられないが、ふと気にしたことをテニス部の男に聞いてみた。
今まで、試合していた男だ。
青学の人間というのは思い出したのだが、何で別の大学の人間が、という疑問はごく自然なものであった筈だ。
「あぁ、乾か?面倒見がよくってさ。練習メニュー組んでもらったんだ」
「・・・・・?」
学生でそうと思われていると言うのは、大分面白い人材と思うべきか。
(というか、あの人の周りがそういう連中が集まっているということなんだろうな)
そしておそらくLも・・・・・・
「ライトもか?」
「冗談じゃない」
暢気な死神の突っ込みに、思わず声を出して否定した。
幸い、周囲が既に別のほうへと意識が言っていることは救いだったというべきだ。
「・・・・帰ろうか、リューク」
疲れたよ。実際。
つい零れた本音に、静観者でしかない筈の異形は、じゃぁゆっくり休もう、と
不意に云われたら、泣きたくなるようなことを告げたのだ。
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