それは酷く
悲しい宣告だった
Ave・Maria
パソコンに、どうしてそのキーワードを打ち込んだのか、今でもよく解らない。
しかしそれがかつての自分を知ることになる、文字通りの鍵だった。
「君がこのROMを見ているという状況で、一体どれだけの<記憶>があるのか解らない。
僕は少なくとも、失われるのはノートの記憶だけだと聞かされているし、同時に<記録>が失われるということは聞かされていないから、こういう形で未来の、多分曖昧な記憶しかない<君>に何を話していいのか少し、悩んでいる」
そう言う画面の中の「自分」はとても満たされていた。
少なくとも今の月にはそう思える。
何かが欠けた、その欠けた理由もわからない自分とは違って。
「だけど、そうだな。重要で、必要なことだけ話しておこうと思う」
其処まで言葉を切って、彼は・・・・・少なくとも今の月には目の前の「画面の中の自分」は「別人」にしか映らないのだ・・・誰かに呼ばれたように後ろを仰いだ。
話し掛けられているらしいが、その姿はない。
その目線は、確かに画面の中におさまっているはずなのに。
「ん?ビデオはみたことない?
後で見せてあげるよ。ただリュークは映るかな?」
リューク。
そんな知り合い、自分にいただろうか?
自信はあるはずの記憶力が、働かない。
まるで追いかけると、その直後にはすっかり深い霧の中に迷い込むように、思考が続かない。
やがて画面の中の人は困ったように小さく笑いながら言葉を続けた。
こんな表情、自分は知らない。
こんな満たされている自分、これまで・・・・・あったのだろうか?
「これは、憶えているのかもしれない。
君は、キラだ。少なくとも<キラ>と呼ばれる連続殺人犯は、君自身だ。
正確に言うなら、僕がキラで、君は<キラだったもの>である、というべきかもしれないけれど」
あぁ、そうだった。
それは、何処か遠い意識の中で知っていた。
自分が「キラと呼ばれるべき人間」であるということ。
この世の中を変える、神になろうとしていたということ。
だから、仲間である筈の「L」にとても不快で嫌悪を覚えるのだ。
(もっとも、監禁されるわ疑うのを隠さないわ。嫌う理由はいくらでもある)
でも、どうやって?
それは、思い出せない。
「キラであった君は、そうなる為のきっかけがあった。
当然だよね、簡単に人殺しが出来る能力なんて、君の記憶にはないはずだ。
そのきっかけを、一時でも忘れなければ今、君はこの画面を見ていない筈だしね。
心苦しいよ。それしか手段が無いなんて」
画面の中の人間は、言葉どおりとても悔しそうだった。
だがそれは、「キラとして活動が出来なくなる」ことだけではない、ような気がする。
それは「今」の自分が抱える喪失感のせいだろうか?
「信じないかもしれない。
僕だって、最初、本物が目の前にあって目の前でその力を示されずいたら、信じなかった。
キラの、殺人方法は<ノート>だ」
「のーと?」
呟いた自分の声が酷く白々しかった。
馬鹿馬鹿しいと思う半面で、信じている自分に笑ってやりたい。
「デスノートと呼ばれる、死神のノートだ。
其処に名前を書くことで、その人物は基本的に心臓発作で死亡する。
他にも制約や能力はあるけれど、それは不要だろう。
今の君には、つかえないからね。
そして」
彼は再び背後を仰ぎ見た。
優しい目で。
慈しむ目で。
何も無い、空の空間を。
「多分、君の目には映っていないだろう。
僕にノートをくれた存在は」
そう。
いつも背中にいた。
面白いことと林檎だけが好きで。
最近、好きな物が増えたと。
閉鎖された空間で囁いた影の存在。
答えは既に与えられている。
リューク。
そして、ノートをもたらしたもの・・・・・死神。
でもそれが「どういうもの」なのか・・・・・・・
今の僕には思い出すことが赦されない。
「気まぐれの彼が、再び僕の前に現れてくれることを祈るよ。
それはもしかしたら、とても罪なことなのだろうけれど。
ぼくはそれを。諦めきれない」
ふわりと彼の人の腕が伸び、何かを撫で上げたようだった。
指に、その感触が蘇る。
冷たくも暖かくも無く、曖昧で幻と現の狭間のような。
懐かしくて、取り戻せないもの。
勝つ為に、一度諦めた大切なはずの、それ。
「勝とうな、ライト」
自分のことを、彼はそう呼んだ。
直後、画面はぷつん、と切れ、先程までの「殺された」・・・・・・・殺した。というべきか・・・犯罪者たちのデータが並ぶエクセル画面に切り替わった。
勝つ。
そう。負けられない。
何度だって、どんな形であったって。
「約束するよ。ライト。キラという絆の為に」
絆。
この、多分ニ度とリプレイされない画面を起動させたキーワード。
本当は、きっとキラという絆、は本音じゃない。
自分のことだ。
嘘をつくときの癖ぐらい、わかっている。
いつもなら隠すクセ。でもそれを隠していないからこそ、己を本音が別のトコにあることを自分に訴えている。
でも其処まで解っているのに、答えが出せないのだ。
くやしい、くやしい。
でも、始めなければならない。
記憶にない自分と約束をしたから。
キラ、として。
絶対に、取り戻す。
絶対に。
(見ててよ、リューク)
記憶に無い黒い影に囁きかける。
翼の音と独特の笑い声が、耳を掠めたような気がした。
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