甘く切なく
幾つもの意味を持つ、果実の
APPLE TREE
ゆったりと翼を卸し、たどり着いた先には静かに佇む一本の木があった。
ここにも何人かの死神がだらりと呆けていたが、月の目には最早その姿は映らなかった。
「りんご?」
「死神界で、一番大きいやつだ」
いつもの位置にいる死神に問い掛けると、わくわくとした声で答えが返ってくる。
一番大きい、というが、それは月の記憶の中にある林檎の木とは大分違っているようだった。
基本的に食物連鎖の無い場所だ。
やせていて、頼りないほど細い枝に、いっそ良くぞ実がなるものだと驚くほどの、そんな程度なのだ。
「でもやっぱり人間界のがうまい」
月の腕ですら回した後に手がつなげそうなほど頼りない幹に触れた時に、ぽつりと死神が呟いた。
その言葉にまるで麻薬に酔っていた様な周囲の異形達がハタと反応し、黒い影を仰ぎ見た。
「人の地にいったのか」
「林檎はうまいか」
「りんごならなんでもいい」
「りんご」
「あぁ咽喉が渇いたな」
自我が酷くバランスを欠いている。
退屈、がこんな風に「存在」を壊しているというのか。
だとしたら確かに、リュークがこの地に失望したのもわからなくはない。
寧ろ自我のはっきりしたリュークやレムのようなタイプの方が、ずっと少ないのかもしれない。
「ライト、林檎を食べよう」
「え、あ。うん」
羽を広げた死神が、すいと林檎を木から集めた。
ひとつを軽く放り投げ、此方によこす。
慌ててその一つを受けると、ちゃんとした林檎の感触があったけれどやっぱり小ぶりで、色も赤いとは云いがたかった。
「明るさはあるけれど、光が弱いんだな。
病気はなさそうだけれど、木自体も弱そうだし・・・・・・」
「らいと?」
「はい、リューク。あーん」
声をかけてしまうと反射的に答えた死神は、殆ど一口で手の中の小さな塊を口の中に収めてしまった。
甘さよりもすっぱさの際立つ香りがじわりと空気に霧散する。
「じゃ、ライトも」
「ん」
差し出された林檎を、その表面だけ齧った。
すっぱいけれど香りの高い味が口の中に広がる。
嫌いではないけれど、少し物足りなかった。
それはリュークもだろうか?
聞いてみたかったけれど、林檎だけで彼は十分らしいというのが結論だった。
でもやっぱり人間界のほうが美味かったなぁ、と死神は小さく首を傾げた。
ならば。
「ね、リューク。
こっちでも、おいしい林檎を食べられるようにしようか?」
「え?」
「暇潰しには最適だよ、きっとね」
基本的に林檎を種から育てて5年以上の歳月がかかる。
しかもここの環境は最悪だ。
それでも。
「下界にいきたくなるまでの、時間潰し位にはなるかもしれないよ」
君と一緒に過ごす時間の中に、何かを生み出す時間を。
それはきっと、とても大事なことだから。
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