手に持てる程度のプライドが
人には丁度いいのかもしれない
HUNDY PRIDE
何度目だろう?
浅い眠りからの覚醒に、「一人」である男は小さく身震いした。
時感覚の無いのは日常だったが、ふと仰ぎ見たガラスの向こうはただ静かな闇に沈んでいた。
「あの」事件の「終焉」を宣言したのは、時の国連代表であったかそれともWHOであったか。
少なくとも「キラ」と言う特定の存在に対してのみ機能する「殺人ウィルス」の終息が宣言され、夜神家の人々が今尚必死に突然不明になった長兄の行方を捜していることが、強いてあげるならばLと呼ばれる男にとっては事件の名残りか。
世界一の探偵、とも呼ばれる男は、随分長いこと曖昧な悪夢に苛まれていた。
あの日。
間違いなく「キラ」と呼ばれる存在から、Lは決して世界には表立つことが無いだろう「真実」を手に入れたはずだった。
しかしそれ故に彼は永遠にこの世界からその姿を消した。
事実だけは覚えている。
なのに、肝心の「答え」が姿を消した。
夢は、その「答え」に関するものであると、それだけはわかるのに、それ以上、彼に答えは与えられなかった。
濃い霧の向こうで色素の淡い、地球に最も近い天体の名を持つ少年が嗤う。
「私は、捕まえた筈だ」
自分でも何度目か解らない呟きを、男は自らに吐いた。
「勝利した筈だ」
なのに、何故今何も残らない?
何度も自問する男の頭に、ばさりと何かが落ちた。
「・・・・・・・」
何故か驚きは無く、自分を打った紙の束を拾い上げる。
それは、記憶のある、2冊のノートの感触だった。
「久しぶりだね」
ふふ、と。
ノートに触れた直後に聞こえた、憶えのある声。
忘れる筈が無い。
それは恋慕にも似た意志で捕らえようとした全ての「感染」の、始まり。
「夜神、月・・・・・・・」
「その名はもう僕の名じゃない」
確かめるようにしてその名を呼んだのに、かつてと変わらぬ美しい姿はあっさりと全てを否定した。
いや、その姿は透明がかり、背に背負う猛禽とも取れる黄金の翼と相まって、まるで天使だと浅はかな感想を心に浮かべる。
その傍らには、黒き異形。
霧が晴れる。
まるでかの翼の輝きの中で露と消えたようで、記憶の中の自分が己の勝利が同時に人を一人、殺したことを告げる。
爆弾を、それも緩やかで「キラ」と呼ばれたものに相応しい爆弾を仕掛けたのは彼だ。
だが、その導火線はLによって、紐解かれたのもまた事実。
「下界」から解放されたせいかもしれない。見たことが無いほど美しい人は、息を呑む程の異形に寄り添い、いとおしげにその腕に自らのそれを絡ませながら、見覚えのある笑みでLの真名を呼んでみせる。
「僕はもう、ただ、死神のライトだからね」
「死神・・・・・・・」
そう。自分は知っている。
彼が、そうであると。
傍らの異形も、そして彼自身も、人の現世はすでに離れた存在であると。
「不本意だけれど、君と会話するには僕ら両方のノートを貸してあげなければならないからね。
もっとも、君に渡しても面白いことにはならないと思うけれど」
「そうか?こいつはライトといるとき結構面白かったぞ?」
「でもね、リュ―ク。彼はノートに誰一人として名前を書かないだろう。
あぁ、試すぐらいはするかもしれないけれどね」
黒い異形に、まるで教師のような口調で彼は告げた。
ノート。
そう。
この今手にしているノートに名前を書くだけで、その人物は・・・・・・・・・死ぬ。
それが「キラ」の、「処刑」方法。
例え正義の名のもとであっても、「L」には赦されない行為。
「じゃあやっぱりライトの方が面白い」
「せっかくだからアイシテルぐらい云ってくれればいいんだけれどね。
ま、無理か。ね、リュ―ク」
「うん?」
「この、目の前の人間に被るようにして見える数字が、例の?」
「あぁ。そいつの寿命だ。時間の変換の仕方はわかるな?」
「うん。これが<目>かぁ」
声をかけた割に、月はのんびりと傍らの異形に何かを学んで笑う。
「ま、ライトはこれまでのカウントがあるから当分書かないでも十分だとおもうけどな」
「あ、<キラ>だった頃のってカウントされるんだ」
「あぁ」
すっかり無視された形のLは、声をあげたかったが、飲み込んだ。
かつてのように、彼を自分の都合でとどめていくことが出来ないことは、明白だった。
「・・・・・・・何しに、来たんですか?」
「簡単だよ」
かつてのキラは短く告げた。
小さく笑い、いつもの「彼」の笑みを見せる。
「僕は自分の正義の為に君が今もっているノートを手にした。
君も、僕とはその手段が違っても、目指す志は一緒の筈だ。
どうせ世間が納得しない、<キラ事件>は、さっさと納得して見限って欲しいと思ってね」
その言葉に偽りは無かったようだが、プライドの高い彼が言うと、何処か偽りにも聞こえるのだ。
おそらく、被害妄想でしかないのだろうけれど。
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