僕が生まれたのは灰色の世界
なのにどうして
こんなにも懐かしい?
お題:土
みちにまよいてたどりつくは
ふとそのつもりは無かったのだけれど、それたわき道に入るとそこは開発を逃れたような空間だった。
ビルの谷間に埋もれる僅かな日の光で群生する逞しい雑草たちとその中央に立つか細い一本の木。
見知らぬ世界はまるでこちらを拒むようにつと沈黙を保つ。
「・・・・・・・・・・・」
其処には僅かながら自分の忘れかけていた土の匂いが染み、ただ緩やかな季節を示すようにちらりちらりとその鮮やかな季節の色をのぞかせていた。
「・・・・・」
天を仰ぐとかつて少女のような晩年を過ごした詩人の妻の言葉を思い出す。
「本当の空がない 本当の空が見たい」
灰色の空間の向こうには、なるほど、確かに空と呼べそうな色は存在していなかった。
「あ・・・・・」
納得したのと同時に酷く心が居心地の悪さを覚え、反射的に俯いた先に其れを見つけて再び押し黙る。
小さな花束の山と、ペットボトル。
その手前には、なにか細いものが焼けた後の灰のようなものが積もっている。
たいした頭脳労働ではなかった。
瞳を閉じ、目蓋の裏に浮かんできた記憶のキーボードのCtrlキーとFキーを同時に押し、視界に映る情報で場所を割り出す。
自らの裁いた存在の名は、すぐに形になった。
つい、昨日、名前を書いた存在だったから、時間はかからない。
この場所にあった小さな家の小さな家族を己の満足の為に殺め、火を放ちながらも、結局黒に限りなく近い灰色として事件後数ヶ月たちながら証拠不十分で不起訴になった男は、「キラ」と呼ばれる存在に犯罪者の烙印を押され、あっさりと死を与えられた。
「らいと?」
立ち止まって、ただ沈黙している存在を気にしたのだろう。
傍らの死神の声が、しかし彼には遠く響き、その代わりのように自分以外の足音が自棄に耳に響いた。
「え?」
「・・・・・・・・・・・」
まだ幼い少年だった。
この家の、一番酷い殺され方をした少女とおそらく同じぐらいだろう。
人の気配が意外だったのか一瞬立ち止まった少年は、しかしすぐに手の中に抱きしめていた花束を先程目にとめた花束の山の上に重ねた。
不馴れな仕草でその花に手を合わせ、少年は自分でも持て余している感情のまま、空虚にむかって彼は言葉を紡ぐ。
「キラがね、ころしてくれた」
「・・・・・・・・・・・・・・」
それは、確かな感謝と、悔しさ。
「でも。あいつがしんだことをしったとき、きがついたんだ。
ほんとうは、おれが、ころしてやりたかった」
少年の涙は、土に染みてやがて花を咲かす糧となるのだろうか?
勿論、塩分を多分に含んだ水分だ。寧ろ有害。
頭が2つの考えを同時に起こす。
おかしかった。関係ないのに、関係している自分自身が。
「たすけられなくて、ごめん」
「かたきをうてなくて、ごめん」
少年はもう一言呟き、感情のままに泣いていた。
元々、人の涙は理性によって抑えられているのだという。
そして泣くことで、人はストレスを捨てられるのだという。
だから、決して泣く事を、否定はしない。
それに他に人間がいることなど、彼には露とも気にならないのだろう。
黙って、踵を返す。
彼に、悪いと思った。
「奴」を、殺してしまったことをじゃない。
最後の言葉を、かなえて上げられるのにけっして果たしてやれないから。
「おれだけいきてて、ごめんな」
彼はまだ、罪を犯していないから。
土の匂いが鼻につく。
アスファルトの方が、ずっと死には近いのに。
大昔の生物の死骸のナレノハテ。
そうでありながら、なおも利用されるそれよりも。
どうして。
安らぎにすら現わされる大地のにおいの方が、ずっと死を思わせるのだろう?
「ねぇ、リュ―ク」
「なんだ?ライト」
「林檎、買って帰ろうか」
死神は上機嫌な声を上げて素直に喜びを口にした。
土から育った生を示す木の実の匂い。
其れを死の象徴である死神から、無性に感じたかった。
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