Forbidden Fruit ごとんと音を立てて、それは磨き上げられた床の上に転がった。その音に頭蓋を殴られたように感じたのは、何故だろうか。 「ああっ、すいません」 ゆっくりと回りながら転がるその果実を、茶色い紙袋を抱えこんだ松田が拾い上げる。しかし、屈んだ拍子に傾いた袋の口から、さらなる果実がごろごろとこぼれ落ち、思い思いの方向へと転がっていく。 「うあーあーあー」 「松田さん、散らかさないで下さい」 「いま、いま拾うからっ」 滑りの良い床の上、散らばったそれらを追いかけて松田は部屋の隅にまで走っていく。彩りというものがまるでなかった部屋の中に一気に色彩が溢れたようだ。 ころん、 偶然足下に辿り着いた一つに手を伸ばす。ひたりと触れた指先に感じたそれは、何よりも冷たいと、思った。しかし拾ってしまえば、手の中にちょうど収まるそれは只の果実以外の何者でもなかった。 (・・・気のせいか) ほんのいっとき、それがひどく特別なものに思えたのは。 「松田さん、こんなに大量にどうするんですか」 「いやあ、ミサミサが今度料理番組にゲストで出てアップルパイ作るんですよ。それで練習するから買ってきてって言われたもんですから」 練習するならたくさん必要でしょう?それに安かったし、と続けて、松田はようやく全部の林檎を拾い集めた。月の持っている一個を除いて。 今度は落とさないように、と慎重に袋を抱え直す松田を見ながら、月は手に持ったそれを、放り投げた。 「いたっ」 何気なく放ったそれは、松田の袋の中ではなく、斜め後ろ、興味を無くしてディスプレイを見ていた男の頭にぶつかって、落ちた。 「何するんですか、月くん」 キッ、と椅子を回転させて、Lが月をにらみつける。隈を作った目が、不機嫌な色を帯びていた。その顔を見て、松田はさっさと部屋を出ていってしまった。最後の一個を回収する気はないようだ。 「いや、すまない。手が滑ったんだ」 違う。 言い訳をしながら、それは違うと何故か思った。 なぜなら月は、手が覚えている場所に向けて、「正確に」林檎を投げたのだから。 (覚えて・・?一体、何を) 「ああ、林檎と言えば」 「え?」 思考の淵へと沈みかけていた月を、Lの声が引き上げる。林檎がぶつかった頭をなでながら、裸足の両足で器用に落ちたそれを拾い上げる。 「思い出しませんか?キラのメッセージ」 「ああ、そういえば」 「『りんごしかたべない死神は手が赤い』」 足先でそれをくるくると弄び、Lはそのフレーズを口にした。 違う。 死神の手は、赤くない。 (また・・・っ) 自分の中に巣くい出した違和感。ざわざわと心の中で蠢くそれは、しかし月に何かをもたらすほど大きくなってはくれないのだ。 自分の中に何故、という問いかけを落としても、それを返すものはいなかった。焦燥と、喪失感だけが後味となって、余韻のように漂うだけ。 ただわかる。死神の手は赤くない。しかし、死神は林檎しか食べない。 (死神) そんなものが実在するとでもいうのか。ましてや、自分がその特徴までも細かに知っていると。 「馬鹿な」 「何がですか?」 ふと漏れた否定の言葉。漏れていたことすら、気付かなかった。 「ああ・・・死神だなんて、キラは何を考えていたのかと思ってね」 「さあ、それも全て、キラを捕まえてみれば分かることです」 よいしょ、と手に持ち直した林檎を机の上におきLはそういった。確かに、それはそうだ。死神云々という話は、全てキラから始まっているのだから。 林檎。死神。 赤くない手をした、林檎しか食べない死神。 そのイメージを脳裏に描いたとたん、その翼の生えた、黒ずくめの、林檎を持った死神が、歪んだような楽しげな笑みを浮かべた。そのイメージはあまりにも生々しく、しかし掴もうとすると輪郭をぼかして消えてしまった。 「死神、おまえは誰なんだ・・・」 自分だけに聞こえる声で、月は呟いた。 そのときかすかに、髪に触れる誰かの指を感じたような気が、した。 |
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