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客と店主が睨みあっているともじゃれ合っているとも取れる会話を交わす中、軽やかな押さない声が奇妙な空気の中に溶け込んだ。
「とーさん、かーさん。私ユキと河原の方行って来るよっ」
父譲りの軽い癖毛を黒い野球帽に押し込めて、Tシャツにジージャン・ジャンバースカートというなんともボーイッシュな格好の少女が顔を出した。
幼馴染のその名に、父はさりげなく眉をひそめる。
「雪真と?」
「うん。新技のコントロールで試してみたいことがあってさ。
トレーニングに付き合ってもらおうと思って」
「ゆーすけぃ」
少女の、常任ならば不可解な答えに、もう一度は代金を払って帰るしかないかなーと思っていた彼女がにやりと笑った。
んふふふふ〜といっそ不気味なまでの猫な笑みには覚えがある。
明らかにたくらんでるし、それ。
「うら、ぼた・・・」
「あ、ぼたんねーさん、こんち!」
「こんちわ、ゆーこちゃん。ちゃんと頑張っているみたいやね!」
関心関心。
すごく嬉しそうに言う彼女の意図など、勿論今年10歳になる少女・浦飯 幽子嬢に伝わるわけがない。
しかし父親の身としては、むしろこういう展開になる位なら、ちょっとぐらい本業赤字になったほうが、いや、本音。
「させねーぞ、ぼたん」
「選ぶのはゆーこちゃんとゆきまさ君だよぅ、おとーさん?」
さも楽しそうな昔からよく店に来る「常連さん」と、妙にマジモードはいっている父を彼女は交互に見るが、やっぱりよくわからない。
「ん?」
「さ、いこっか、ゆーこちゃん。おっと店主、釣は要らないよ♪」
ラーメンいっぱいには確かに多い千円札を一枚投げてよこして、霊界所属の水先案内人は誘拐もかくやといった手際で、目を丸くしている少女を小脇に抱えて店を出て行ってしまった。そのまま全力疾走だ。
「・・・の女ぁ・・・」
「ゆーこ絶対断らないわよね」
怒りに震える亭主に、妻は確信を持って追い討ちをかけた。
彼女も、どうやら先の展開が見えているらしい。
「・・・・・5代目か」
「まだ小学生だぞ?いくらなんでもあぶねぇだろ」
「大丈夫よ」
それより私はあなたが娘を案じるほうが意外だったけど。
前置きしてから、彼女はそんなことを告げる。
「私たちの子でしょ?」
あまり少女には向かない寝物語を・・・・・・父の冒険譚を日常に聞いていた少女だ。
何度も、何度も。
だからあまり日常にできない得意技もごく自然に取り入れ、同じような環境で育った幼馴染と一緒に、じっくり確かに成長をしてきた。
今更・・・・・変わるはずがない。
「けーこさんつよいねぇ」
「・・・・・・・ちょっとは私たちのあの頃の気持ち知っとくのも勉強よ、おとーさん」
「かな」
曖昧ながら確かな夫婦はなんとなく、つい笑いあった。
それは確かな、自分たちの子供への愛情から来る、心からの笑みだった。
一方。
信頼されている娘と、巻き込まれることなんて一切想像していなかったもう一人のジュニアも妙な覚悟の下で突っ立っていた。
「・・・・は?」
「だ・か・ら。コエンマ様に話つけて、霊界探偵5代目緊急就任してほしいわけ。
浦飯 幽子ちゃんと桑原 雪真くんの2人に」
「・・・・・・・無茶なこと言ってるって、わかってます?」
「無茶なもんかい。初仕事としてはそんなに難易度高くないはずだよう。情報収集メインだしね」
「・・・・・・」
「どうする?」
答えを、知っているくせに、そんなことを聞く、その様に、少年と少女は目を見合わせて、こらえきれずに笑い、そして同時に振り返って、頷いた。
くん、と傍らの死神が鼻を鳴らすのを見て、月は首をかしげた。
「どうした?リューク」
死神の、少し驚いた顔など珍しくて、こちらまで驚いてしまう。
黒い死神はうん、と一度気のない返事をしてから、妙なことをつぶやいた。
「霊界のにおいがする」
「れいかい?」
死神界があれば、そりゃ今更ながら丹波○郎が提唱する霊界だって漫画アニメにお約束の魔界だって否定はしない。否定できるはずがない。
しかし唐突に、しかも妙なこといわれても。
「それが?」
「いや・・・・・あまり好きじゃないんだ」
「っていわれても」
「俺たち死神は、云わばアウトローだ。生きるために人を狩るが、狩った後の人間の魂は霊界に行く。書類外の、特例死者としてな。・・・・・・・最もやつらは役所仕事だからどうせキラ事件で予定外の人間がガスガス死んでいるので調査にでも来たんだろう」
酷くあっさりとなんだか色々妙なことをいわれた気がして、月は自分の表情をどうしていいのか困った。
っていうか。
「・・・・・・なんかリアルなんだかギャグなんだかよくわからないなぁ」
とりあえず、つまり自分たちが調査対象であるということは、まぁ納得した。
「って、リューク。じゃぁその調査者って言うのにはリューク、見えるってこと?!」
「いや、構成元素だかなんだかが違うから、やっぱり俺はライトにしか見えないぞ」
「へぇ・・・・そっか」
自分にしか見えない。
そう告げられることに優越感が確かにあって。
「そっか」
つい、もう一度繰り返すとなんだ?と死神は不思議そうに聞いてきたけれど、勿論秘密にしておく。
まだ、この関係。
この距離の心地よさに、甘えていたいから。
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