憶えているということは、つまり。 忘れられない、って。そういうことだ。 4:部屋 部屋を広く感じるなんて、いつ振りだろう? 幼い頃、初めて家に友達を呼んだ、その帰り。 見送った後に戻った部屋の静けさに、一度怯えたことがある。 でもその内やっと帰ってくれて清々した、という気分の方が先立つようになって、何時の間にか忘れた感覚だ。 それでも。 あの、大柄な黒い影がない。 日常が奪われたと今更ながら自覚する。 「ふっ」 何を発せようかと自分でも分からないままこぼれた声が詰まって擬音に変わる。 泣かない、と。 決めた自分が酷く昔のことのように思えた。 呼吸が止まり、たまらなくなって僕はベットにうっ潰した。 駄目だ駄目だ駄目だ。 言葉を繰り返す中で、その場所があの死神のお気に入りの場所だったことを今更気付く。 匂いなぞ、残っている筈がないのに。 ベットからは、林檎の匂いがした気がしたと感じた途端、涙腺が壊れた。 息が出来なくなるまで、声が枯れそうになるまで。 嘆きたいけれど、嘆くことは赦されない。 それは判っている。 自分は「キラ」だから。 夜神 月という人間としてではなく、キラとしてここにいる以上、嘆いてはいけない。 歯を食いしばり、唇を食み、限りなく上がりそうになる声を殺してただ静かに泣くだけを自分に赦す。 せめてそれだけでも赦されないと、押しつぶされる。 涙を流すという行為は、それだけでストレスを分散させる能力を持つ。 そう。これは、単に。 自慰行為と変わらない、単純な生理現象という言い訳を自分に課せる。 キラである以上、死神に対しての特別な感情はないのだ。 あの奇妙な死神に対して特別な感情があるのは、人間、夜神月だけ。 でもその夜神月が表に立てるのは、消滅した死神の前だけ。 なんて滑稽で自虐的なアンビバレンツ。 この矛盾のすら掻き抱いて、キラは悠然と微笑まなければならない。 新しい神として。 それこそが死神の望んだものだということを知っているから。 (楽しませてあげる、リュ―ク) 例え塵となりても、錆となりても。 理にすら、奪えぬものがあることを、自分が証明してみせる。 机から、ノートを取り出す。 奪われた死神のものではなく、折りしも傲慢な探偵が予感した「キラ」の持つ、DEATH NOTE。 全ての始まりであり、恐らく終焉を見ることが出来る、唯一の証人。 目元の痒みや痛みがかすかに疼くが、気にも留めない。 乾いた生理食塩水がかさかさと頬をなぜるが、それが存在することすら無視してしまう。 その上で。 「・・・・・・・・・・・」 黒きノートの、その表紙に口付ける。 愛おしさと、そして誓いを胸に。 これは、神と人を繋ぐ絆。 奇跡事で埋められた聖書よりも尚生生しく。 戯言で固められた預言者の書よりも狂気に満ち。 人に作られておきながら、現世にあると思われている幻想の魔導書よりもリアル。 「この部屋が、僕の城」 謳うように呟かれた人の姿の死神の言葉が沈黙に融ける。 「この部屋が、僕の現実」 誰も聞いていない。わかっている。 それでも。 聞かせているのは、己と、いつも傍にいたあの存在。 「この部屋は、僕の愛した時間を抱いているから」 だから、僕は。 ペンを手にすることができる。 |
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