良質の狂気
そんな言葉が、彼にはとても似合う
FILE:05 過去
彼はいつも物静かに穏やかな笑みを浮かべる。
それは死神にだけなのだけだと、向けられている死神は知らなかった。
その時まで。
「リュ―ク。愛してる」
我侭だと分かってはいる。
それでも、それだけは赦されたいと、月は自分の終わりを告げることを死神に望んだ。
終わり方はともかく、その時間だけは教えてくれと。
掟に反する筈のその望みを、死神はかなえた。
理由はよくわからなかった。その時まで。
ただ、静かな確信があったとすれば、彼は決してそれを知っても自暴自棄にはならないだろうと。
それは静かな静かな信頼の証。
そしてキッパリと告げられたカウントダウンの中、その人間は穏やかに笑い、それまで決して音にしなかった感情の形をことあるごとに口にするようになった。
そこに狂気はなかったが、ある種のアンバランスさは確かに存在していただろう。
それでもまるでこれまで口にすることが出来なかった言葉を、何度も何度も繰り返して。
まるでそれしか知らないように。
残り少なくなってくれば、それまでせわしなく動いていた筈なのに、まるでもう既に未練は無いといわんばかりに一日中部屋からでないで、死神ばかりみつめて、ただ穏やかな口調で。
言葉が返ってくることも恐らく期待していないだろう。
ただ口にしたいから、そうしている。
言葉を覚えたてて、意味すらわから無いまま操る幼子のように。
本来は「妻」と迎えた筈の娘に告げるはずの言葉を、死神にばかり向ける。
「仕事」から帰ってくる彼女の前でこそ、口にはしないけれど。
「ミサ」
「いくの?ライト」
そしてその終わりが近付いた時。
彼女は自分の名を呼ぶ理由を、正確に悟った。
「うん」
「いってらっしゃい」
躊躇いのない言葉が酷く白々しいなと死神は思ったが、もちろん口にはしない。
それぐらいのことは、厳しい「飼い主」に教えられたのだ。
「僕達の子供のこと、頼むね」
「解ってる。私達の、確かな未来だもの」
「・・・・・・・・・そうだね」
「だから、ライト。私、幸せだよ」
「ミサ?」
「ライトが私に、子供を残してくれた。
それだけで、どれだけ幸せなのか、私は言葉じゃ納まりきらない」
「・・・・・・・・・」
「だから。大丈夫。信じてる。ライトのこと、全部信じているから、だから」
熱っぽく、いっそ狂気を匂わせる愛しさを隠そうともしないで重ねる彼女に、月は言葉を奪うための抱擁を与えた。
恋情とは異なると、彼女は分かっていながら、静かにその熱を甘受する。
「ごめんね」
「・・・・・・・・あやまらないで」
なんに関しての謝罪だか、わらからないまま。
否定されたから、月は言葉を飲み込んだ。
彼女が知らないことは多い。
例えば、クローン技術を応用した彼女の子宮に眠る小さな命は、彼女の血を有していないこと。
いうなれば月と黒い死神の血を引く命が「寄生」しているだけということ。
しかし、恐らく彼女はそれでも構わないというのだろう。
月の血だからと。
心から愛情を向けるのだろう。
そういう娘だから。
恐らく、出会ったその時から。
「じゃぁ」
「うん。リュ―ク、ライトのことヨロシクね」
「あ、あぁ」
月は電車を選んだ。
一番、足が着かないからといって。
「最後までわから無い女ではあったかな」
「・・・・・・・・・そうだな」
車内、こぼした言葉はそれだけだった。
そして。
たどり着いた先は酷く寒かったけれど、死神はもちろん、そんな概念はなかった。
ただ小さく身を竦めた人間に、ここをどうして彼が選んだのか、よく解らなかったのは事実。
けれど月はのんびりとその寒い街中を歩き続け、ふいに思い出したように天を仰いだ。
死神に、笑いかけるために。
「月?」
「あいしてるよ、リュ―ク。だから」
「だから?」
「僕の子供のこと、頼むね」
「頼まれてばっかりだな。俺は」
「そうだね」
そのまま「時間」まで、本当に彼は何気なくすごしていた。
何気なさ過ぎて。
だから死神は、魅入っていた。
その最後の時まで。
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すいません。
と、いうわけで以上「SNOW WHITE」でした。
趣味に走りすぎたなぁ・・・・^^;
楽しんでいただけていれば幸いでございます。
それでは。以上。
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