「それで、なにやったんですか?」 「今回は一切自分から動いていないことを先に注意してから説明させてもらおう」 信用皆無の大きな態度で主張した手塚を、ちらり、と不二がなにかいいたそうに見たが、結局言葉は飲み込んだようだった。 そうして語られたのは、2日ほど前の、彼が遭遇した出来事だった。 02 その日、手塚は出版社からの帰り、本屋に立ち寄るつもりで街中を歩いていた。 ごく普通、日常の行動だ。 だがふと足を止めた。 いいしえない違和感を感じたからだ。 そしてその違和感は、彼の目の前に落ちてきた。 表現しがたい、音があたりに響く。 手塚の頬といわず、スーツといわずに赤いシミが付く。 一歩遅れて、周囲からは悲鳴が上がった。 咄嗟に手塚はソラを見た。 そこには、なにもない。 ただ、灰色のビルがあるだけだ。 「・・・・・」 そのあと、目線を「それ」の前に足を向けた。 いや、まだそう表現してはいけないだろう。 微かにでも息をしていている。 それがどれほど持つのかはともかく。 「・・・・・・。言い残すことはあるか?」 しゃがみこんで、ほとんど囁くように手塚は声をかけた。 血の匂いが強い。 それ以外のにおいも、臭気を帯びて辺りに漂う。 既にかすみ始めている目は果たして、自分の声をかけた相手を判断できているか。 もっとも、自らこうなったとあれば、言葉を語らせるのは明らかに酷なことだったが、そんな配慮も彼の中にはなかった。 あくまでも単なる確率の問題だが、自殺者は「飛び降りる」んだから、うつぶせに倒れるらしい。統計的に。 それを聞いていたから、手塚は事切れる直前の仰向けで倒れている彼に声をかけていた。 周囲の戸惑いや恐怖といった周囲の反応は、彼の目には入ってこない。 「……んだ…しにが、みか?てめぇ」 「意外に元気だな。驚いた」 「たん、なる、やけだ…で、な…」 「あぁ。で?」 「たのむわ」 「承ろう」 男が笑った。笑ったまま、事切れた。 手塚は自らのジャケットを彼にかけてやりながら、素早く彼自身のべったりと血にまみれたジャケットを探った。 小さな手帳。 恐らく、彼が隠し通したもの。 それを確実に手にした手塚の耳に、救急車の音が、近づいてきていた。 不二が帰宅すると、家の外もだが、家の中がすごいことになっていた。 「早かったな」 「それ、片付けしてない言い訳?」 「いいや」 もっとも、「これ」をどう片付けるのか、という話もある。 二人の部屋のリビングは、哀れな程斬新なデザイン変更を余儀なくされていた。 両側のお宅が被害にあっていないことを祈るばかりだ。 お気に入りのサボテンの鉢は本体ごと穴だらけ。 カーテンも折角先日洗濯したばかりだというのに、穴と焦げ痕で哀れな姿。 もっともそれは床といわず壁といわず。 壊れたものをガレキと有価物に分けて捨てるのだって気をつけないと、なにが起こったかと思われるだろう。 っていうか、敷金返ってこないよね、これは。 「まったく、これほど早く相手が動くとも思っていなかった」 原因を知る当人は妙に冷静な顔して一言でことを納得しているみたいだし。 「応戦したの?」 「あぁ。一発だけな」 「それが、あの事故?」 「大騒ぎだっただろう」 「うん、ハンドルミスでマンションの植え込み突っ込んで炎上した車の中から銃だのナイフだのが一杯出てきたって、大騒ぎだったよ」 そうか。 壊れるのを逃れたらしいそれは不二と手塚のおそろいのマイセンティーカップだ。 それに入っているのはティーパックの紅茶のようだが、硝煙臭い部屋の中でいやに存在感を主張している。 「なにやらかしたの、手塚」 「そうだな。盗み?」 「は?」 「頼まれた場合は言わないだろうが、連中からみれば、そういう認識と見ていいだろうと考えるのでな」 「ごめん。最初から説明して?」 というわけで、その「最初から」の説明でその「手帳」が狙われているのだと分かった不二は、速攻で移動を決めたわけだ。 この場合、もう「巻き込まれた」の一言をそのまま、被害者を増やしたいと望んだ彼はきっと罪ではない。 「と、思うんだけど」 「まぁ今更っすからね」 「開き直りコメントありがと、海堂」 「どうも。で、部長。なにがその手帳には書いてあったんですか?」 「なに、珍しくもないことだ」 某大物政治家の闇献金情報だからな。 海堂はハンドルを思いっきり切ろうかと思った。 とりあえずそのまま警察につっこんでやろうか、と。 それをやらせてはもらえないのは、よくよくわかったのでそんな無駄なルートは選ばない。 それにおそらく、大物政治家となれば握りつぶされる可能性も否定できないだろう。 「じゃぁどうするんですか?」 「我々は一応ジャーナリストだぞ?海堂」 大体担当じゃないが、やることは出来るだろう。 ・・・・・・そりゃ、やな予感、なんて最初からしてましたが。 そこまで、ですか? =========== こういう事件にすら動じない塚。
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