Carte blanche ーラフ・ステイタスPLUS− 「ただいま」 「おか・・・え?」 不二周助は作業の手を止めて、入り口側を振り返った。 振り返って慣例のあいさつを口にして、その途中で止まった。 「先に連絡をして置けばよかったな。 風呂を入れてくれないか?」 「あ、うん」 色々言いたいこともあるし聞くべきことが大変たっぷりあったような気がする。 気がするが、手がふさがっている手塚はその理由をソファに卸す作業を行っているので、頼まれたことくらいの手伝いはしてやるべきだろう。 腹を括ってお湯を注してから戻ってくると、腕を軽くストレッチさせている恋人の姿。 それはともかく。 「とりあえず、説明してよ、手塚」 「ふむ。さすがに男物のシャツ一枚を纏っているだけの幼女を抱えて街中を歩く度胸というものは皆無なのでな。 人に車を頼んだんだが…」 「・・・・あの、手塚。僕が聞きたいのって比較的違う件についてなんだけど」 「あぁ、なるほど。 この娘だが、街中でネコと一緒に生ゴミあさっているところを回収してきた」 「・・・・・・・・・・・で?」 「事情なんてそれしかないぞ?」 真顔で、そのさも当然そうな物言いが腹正しいというのに… 「どうしてだろう… 君のその道理がまかり通る気がするってのは」 「俺だからだろう」 「・・・・・・・理屈じゃないなぁ」 2 「風呂は入れるか?」 「・・・・・・・・・?」 首を傾げた少女は、明らかにその単語を理解できていないようだった。 それを察したのか、手塚は苦く笑う。 起きるまで待っていたのは失敗だったかもしれない。今更幼女の裸に欲情するでもなし、無駄な配慮だったか。 「・・・・・・・・・・ふむ。では」 「気絶させてむりやりとかなしだよ、さすがに」 何を察したのか、不二が先手を打って実行しようとする手塚を言葉で止める。 だが当人は平然としたものだ。 「人聞きが悪い表現だな。まるで手篭めにしようとしているかのようではないか」 「そういうつもりはなかったけどねー」 「ふむ?まぁいい。風呂の意味も解らんようだが、水浴びくらいの感覚はあるだろうが」 「それ以前にこのこ、自分がどうしてここにいるのかもわからないようだけど・・・」 「それはそうだろうな」 説明は一切しとらん。 大真面目に言う手塚は恐らく「人攫い」という事実を把握していないに違いない。 つーかしてない、これは明らかにしていない。 「あのね、手塚」 「なんだ?」 「・・・・・・・」 いいや。とりあえず暴れないだけ、現状を把握してると観るべきか。 それとも暴れるという発想すらないのか。 手渡されたタオルの官職に好奇心を持っているらしい彼女への対応を、不二はひたすら考える。 「あぁ、不二」 「なに」 この期に及んでまだ何を言い出すのかと思わずにらみつければ、むしろ生真面目そうな顔で問題児・・・って年ではないけど・・が一言。 「安心しろ。警察は承知済みだ」 「はぁ?」 「さすがにこういう娘を抱えて歩いていると通報されそうでな。 丁度橘がつかまったのでここまで送ってもらったのと同時、彼女の身元確認も頼んでおいた」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 用意周到ってこの場合も言うんだろうか? っていうか、なにこの展開。 「・・・・・・?」 騒ぎが気になったのか、少女が近づいてきた。 くいくいと不二のシャツの裾を引っ張る。 ここにきてやっと彼は当人がいるという現実を思い出し、慌ててあぁごめんね、と彼女と目線を合わせた。 「ふろ?」 「うん。汚れてるでしょ?だからお湯で洗うの、からだ」 「あらう」 「みずはわかる?おゆも」 「のむもの」 「今はちょっと違う用途に使うんだけどね・・・ しょうがない。一緒に入ろうか」 だめだ。言葉をしらないというより、把握しきっていないといった感じだ。 生活習慣がわからないってのは、彼女はどこまで「おぼえていない」のだろうと不二は内心不安をかくせない。 ついでに、大真面目にアホを告げる恋人に関しても。 「お前の裸を見ていいのは俺の特権だと信じて疑わないところなんだが」 「・・・・・・・・・・・ご飯作っててくれる?手塚」 これ以上しょうもないことをいわないようにとただそれだけの言葉を投げつけて不二は少女を伴って浴室へ向かった。 「行方不明者リストー? ・・・・・・・・死ねるぞ?」 「解っている」 顔色悪いまま橘は同僚の一言を肯定した。 だがそれでも彼は動かなければならなかった。 依頼してきたのがあの爆弾同学年でなければ、自分であっても頷いていたとはおもえなかった。 3 一緒にお風呂に入った。 勿論相手はオンナノコだけれど、子ども。 幸いつるぺたに萌えるわけでもなく(あぁでも桃だったらやばいのかなぁ)なんて本人が聞いたら号泣どころか拝み倒してそんなこと考えないでくれと訴えそうなことを考えながら「お湯につかる」という行為自体を把握していないらしい彼女の身体を先ず洗ってやるところからだった。 泡がたのしいのか、そちらにも目を奪われているが、口にしようとするのは慌てて止めた。 そういえば赤ん坊はなんでも口に入れようとするんだっけ。 そんなことを思い出しながら、丁寧に。 (傷は…。そんなに多くないし浅いけど、どれも新しいな… っていうかやわらかっ、野良猫と生活してた体じゃないよ、これ) さっき脱がしたワンピースもそうだ。 汚れはあるが、どれもその汚れは「浅い」。 あれならちゃんとした手はずでやればそうとう綺麗になるはずだと判断して洗濯機の中で現在漬け置き状態。 (絶対に厄介ごとのかたまりだなー あー、髪さらさらだ…やっぱ、"ちょっと前まで"はちゃんと手入れされてたっぽいな) 当の彼女はくすぐったいのか、新しい感じに驚いているのか、身体は揺れているが比較的大人しい。 よかった。「無理矢理」「大人しくさせる」のは難しくないだろうけれど、さすがに人道にハズレそうだったからと、目をつぶってという言葉もわからない彼女の目蓋に、言葉と共にそっと触れて目を閉じることを促し、頭のシャンプーをシャワーで流した。 ほかほかとなって、手塚のシャツ1枚というお約束格好でリビングに戻ってきた彼女は箸も使えなかった。 最初はこちらのまねをしようとしていたが、すぐに諦めて手づかみになる。 せめてもとスプーンとフォークを握らせた。 不服そうな彼女は、それでも悪戦苦闘しながらそれを操った。 それらの流れの中気付いたのは。 「彼女」自身には「要求」という感情がないという点。 なにもかもに従順なのだ。 大体、見ず知らずの人間に掻っ攫われて、大人しくその指示に(言葉はわからずとも)従っている時点で「異常」と言っていい。 (まるで彼女自身が"もの"である自覚でもあるかのように) 腹が満たされたせいか無防備に眠ってしまった少女はソファで穏やかに大の字になっている。 「治療は?」 「いらなさそう」 短いやり取りもきっと聞こえない。 「お前の見解を聞こう」 偉そうな同級生の言葉に応じる。 彼女が手塚の言う「ばしょ」で生活していたとしてもそれはほんの数日。下手をすれば一日と立っていない可能性があるという考えを口にした。 もとより、子どもがあんな様子でうろついていれば通報なり捕獲・・・もとい保護なりなんなりされているはずなのだ、普通に考えても。 「ってわけで、手塚」 「うむ。困ったものだな」 「え?あ、うん」 「とりあえず短期間の調査で構わないと橘には伝えておこう。 お前の見解が外れるとも思えんしな」 「そう?」 「あと必要なのは彼女がなにかしらの意図、目的を持っているかどうかという点なのだが…」 「あったとしても覚えてないって方に100円」 「だな」 いかんや、動きようがなかった。 なかったが、だが大人しくことが起きるのを待つような人生送っていない。 (来月にはまた海外出張だしなー) って、え?そこ。とか誰かいればツッコミくらいあったかもしれないが… 「仕方がない。貯金をくずすか」 「・・・・・・正式に依頼するの?いつもみたいに巻き込んだほうが安くすむのに」 「なに。借りという貯金だ。懐自体は痛くない」 「ただいー・・・って。ゆーし、なんかあったの?」 「あーがっくんおかえりー あぁ、あったんや、今あったんや」 呆然と答えているのかどうなのか、どうも曖昧な言い方をする同居人の物言いに首を傾げながら、その手元にある携帯電話をみる。 既に通話は終っているようだが、この脱力っぷりはなんなのか。 ふいに、妙な「ヤな予感」に火がともる。 「なぁがっくーん」 それは、多分。 「自分も巻き込まれるんじゃないか」っていう、そっちの方向で。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「なーんであの人、借りの基準がプールなんやろなぁ」 「え?なにそれ」 思わず言ってしまってしまったと想う。 これで自分も「当事者」だ。 「准教授につくった借り、なしてあの王様にかえすハメになっとるんやろなー」 ・・・・・・・・・ 勿論。 思わず、その話に沸いてきたのはツッコミだった。 「なして?!」 「おれもしりたーい」 4 周囲の戸惑いなんぞを気にしていたら、青学テニス部出身ではない。 彼女の文字通り一張羅であったワンピース以外の服を買う先をし○むらにしたのはまだ彼女が育ち盛りである可能性があることもあるが、いかんせん女性の服なんぞ彼らにはわからない。わからないったらわからない。 だったらUNI○LOにした方がユニセックスでえーんちがうかー?と誰か突っ込めればいいのだが、彼らはあえて様々なデザインが揃うほうを選んだ。 彼女に「選ばせる」為だ。 不二の提案。 彼女のおそろしいまでの「流される」思考を不安視した結果のコトだった。 こどもはわがままでいい、というわけではない。 モラルというものはこの世界が文明という時間を重ねてきた以上必然的なものであり、それは本能ではなく、学んでいくべきもの、大人がそれを示し当たり前とすることで子どもに伝承していく「文化」であるべきだ。 いや、その時点でホモはどーよって説もあるわけだがそこはそれ。愛にルールはないらしいよ? それに恋愛はあくまでも本人たちが本質であり、家だのなんだのはあとからついてくるものに過ぎない。 閑話休題。 必要なのは「社会」にいる以上要求される以前に「もってるもの」と認識されるべき「常識」なのである。 というわけで、その「常識」の中には「自分の意志」もある。 よくある会話だとこんな感じだ。 「なにたべたい?」 「なんでもいいよ」 「じゃぁそば」 「いいよー、んー、てんぷら久しぶりにつけるかなー」 どんな感じ?!とか突っ込まれてもあれなのだが、相手に任せる部分と自分が決める部分があるということだ。 勿論この場合最初の質問に対し 「あーめがっさ今ラザニア喰いたい、ラザニア」 と返すこともあるだろう。 その場合 「じゃぁファミレスいくか、おれぁ蕎麦食いたい」 と「判断」する。自分の要求と相手の希望の妥協点を判断する、もちろんそのためには知識も必要だ。 どうも話がトッピョウシもなく流れる、ごめんなさい。 人には意志がある。 それを放棄することは、自分の否定だという、つまりそういうことだ。 そして彼女は無自覚なのだろうが確実にそれを持っていた。 それが不二の判断であり、手塚が彼の提案を受け入れ、めがっさ空気の合わない店内で所在なさげにすることでおば様方から目立ちまくっていた現状の原因である。 実際、彼女は「場所」が理解できていないのだろう。 最初ものめずらしく目線を走らせるが、手にとってみるという「好奇心」すら行動に伴わない。 さすがにこの量(キッズサイズということを配慮しても、だ)をいきなり選ばせるわけにもいかず、いくつか不二がそれを宛がい、さぁどっち?と差し出して観るなど工夫したが、彼女は結局きょとん、とするだけで、不二が差し出すそれらを「選ぶ」ということはしなかった。 それでも不二は根気よくそれを繰り返した。 焦っている様子はない。 おそらく予想通りのリアクションだったのだろう。 ・・・・・・・それでも。 踏み出さないことを選ばせたくない。 そんな強さに、ふむ、俺たちにも子どもくらいいた方がいいかなとそんなことを手塚が一人考えていたなど、彼が知る由もない。 「・・・・・・・・ないな」 一方。 警察という公式機関が敗北宣言を呟き 「あったで。これか」 非合法武器商人が面倒ごとを乗ろうため息を零していたという。 東京と神戸。 異なる場所ではあるが、同時に。 5 基本、店内での電話は嫌われる。 だが、人が少ない時間であったこと、そして配置が幸いしてか、その電話はファミリーレストランの一角で素直に買わされた。 「みつけたで」 「うむ、ご苦労」 同学年の人間に言われたないなぁ、この言葉。 そんな電話越しの人間の感想を解っているのかいないのか。 ものすごく偉そうに、偉そうな青年が頷き、はぁとしたため息が耳を打つ。 「そんだけかいな」 「乾にお前が持っていた借りは手塚が持っていったと連絡しておいてくれ。データは?」 それはそれで、後々の反応が面白そうだが。 「メールで送ってある。 PWはイギリスのセンセで」 「了解した」 短いやり取りのあと、電話は切れる。 忍足?あぁ。 じゃぁ早く戻ろうか。 いや。 「もう少し、お前とのデートを楽しみたいところだな」 ・・・・・・・・ 「こぶつきだけど?」 「理想的だな。暇な女共もこちらには来ない」 「まぁ、いつもよりずっと静かだよね」 自分で選んだハンバーグを食べるのに四苦八苦している少女には大人たちの会話など気負えてないし、もとより意味もわかるまい。 それでいいんだと手塚は頷く。 「どうせ家に帰ればメールを観るのも手間だろう」 そしらぬ顔で周囲を見渡す。 いくつかの目線が「外れる」。 それが解っているのはお互い様であったようで、すでに食事は終っている手塚はカバンからモバイルを取り出した。 不二も「こんなところでパスワードまで張っているメールを開く」という非常識になにも言わないでデザート代わりに通りすがりのウェイトレスに珈琲の追加を頼んだ。 軽いタッチ音をBGMに彼が打ち込む暗号化を崩すためのソフトに届いていたメールに放り込む。 その上で相手が指定したPWを入力することで、始めてそれは起動する。 商品名・モゴリー。 はるか過去と未来を観るソロモンの封じし魔王72柱の1柱、吟詠公爵を冠する魔王…一応女性なので魔女王というべきか・・は勿論、忍足印の特殊さを持って手塚の入力を受け入れる。 ALICE 危険と言えばそれまでな短いPWの元、そして鍵が開かれる。 LOCK OFF 「ふむ。"百合"」 ぴくん。 少女が顔を上げた。 今までの曖昧な反応からは想像もできないほど、それは酷く早く。 「お前の名前を確認しただけだ。そんな警戒する必要はない。 名前は嫌うものではないぞ? 高潔と清純、乙女の象徴だ。下らん連中の意図などに囚われる必要もない」 「手塚。それぜったいこの子にはわかんないから」 こうけつだのじゅんじょうだのおとめだの。 それって年齢がずれていれば間違いなくセクハラ部類に入るのである。 「てか、百合ちゃんていうんだ?」 「あぁ。育児放棄した"保護者"も判明した。 有名なのは楽でいいな」 「そういう判断でいいのやら・・・ あ、橘に連絡したほうがいいいんじゃ…」 「どのいち収穫がないうちは俺に報告なんぞしてこんだろう」 「・・・・・・・・」 何様ですか、あーた。とは勿論つっこめない。 あぁもうすっかりほかのサイト・サークルさんとは真逆な方向になっちゃってなんてメタなことを考えつつ。 そんな恋人の思考がわかっているのかいないのか、その何様かはすっかり手の止まってしまった少女にさめてもうまくはないぞと声をかける。 「今度何時喰えるかわからんぞ?腹を満たしておけ。 ・・・・・・・その名が嫌いなら、新しい名前をつけてやるさ。姫君」 暗に、帰路が絶たれているという意味合いを、正確に理解したのは勿論不二だけだ。 「っちゅーわけやから、先日の借り、チャラってことで」 「ちょっとまて忍足。意味がわからないぞ。 なぜお前が俺に作った借りを俺ではなく手塚に返すんだ?」 「それが青学流らしいやん」 「んなわけあるか」 「じゃぁ手塚流?」 「のアホ部長が・・・・ッ」 「先輩?どうしたんですか?」 「どうもこうも。 人のカードで貯金下ろされたんだ」 「貯金?」 「あぁ…… こんど来たとき、どうしてやろうか・・・くくく・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・ (当分の間は生野菜の在庫、最低限にしておこう)」 この人の「どうしてやろうか」はどうしたって"あれ"が関わってくるだろうから、と考えないわけにはいかなかった。 6 えにかいたようなかぞくがおだやかにまちなかをえがおでぬけていく。 おとうさんはすこしけんじつでしんはつよそうだけれど、それはかぞくをまもるときにはまちがいなくゆるがないつよさをそなえて。 おかあさんはちょっとぼーいっしゅですれんだーだけどおだやかでやさしそう。それでもやっぱりたたかうひつようがあるんだとはんだんしたらきっとためらわない。ばーげんとか、ふくむ。 むすめはなにもかもをあたりまえにうけとる。 あたえられることば、ねがい、ちかい、やくそく、ひごを。 もちろん、そんなの傍目だけの話なんだけど。 「さぁーて。 百合。お前はどれだけ戦える?」 「たたか?」 「あぁ。」 「ちょっと手塚。この子参戦させる気なの?」 「もとより彼女の戦いだろう。 俺たちはあくまでもサポートだ」 大手企業のビルの袂。 一見理想の家族っぽい美形のかたまりは大真面目に物騒なコントを交わしていた。 「どだいお迎えが来るんじゃない?あれとか」 おかーさん、もとい不二が指し示したのは当たり前にある監視カメラだ。 いくら動いているのがでかい企業でも、実際やらかしているのは一部だろう。 騒ぎなどお互い望まないのが普通の発想なのだが… 「あぁ、そうだな」 ぴん、と頷きながらおとーさん、訂正手塚が手の中の「なにか」を弾いた。 ちょっとここに来る前にお邪魔した某大人の娯楽スペースで手に入れた「武器」である。 「こんな風になったら、慌ててくるだろうなぁ」 ・・・・・・・・・・ 漫画みたいに煙ははかなかったが、直前までついてたランプが消えている。 壊れたらしい。 蜂の巣に割れたガラスレンズが憐れだ。 「手塚、意図は」 「なに。ちょっとした陽動だ」 そういいながら、彼は目線も動かさずに周囲にほかにもあるカメラをぶち壊しながらビルへと進んでいく。 1Fはショールームにもなっているので、あっさり入れた。 彼らの脇を警備の服を着た人間がばたばたと走っていく。 その流れにちょうど逆らいながら… 彼らは「関係者以外立ち入り禁止」の扉へすり抜けていく。 慌てた警備員たちは自分たちが飛び出した扉が完全にふさがるまで待っていなかった。 一度締まってしまえばオートロックであることも油断の一つだった。 「なるほど。ちょっとした、陽動ね」 「あぁ」 警備用の裏口に監視カメラはない。 簡素な狭い通りを彼らはさくさくと進む。 「そうだ。不二」 「え?」 「主催者をタコ殴りにするのは別問題として、クラッキングして裏表問わずデータを外部に放出してしまう方法と、物理的にプリントアウトして各マスコミにばら撒くの、どちらの方が能率がいいだろう?」 「前者の方が被害者が増えるんじゃないかな、一般社員的な意味で」 「ふむ。そうだな。"担当者"を処分するという蜥蜴の尻尾きりでは目覚めが悪い。 一枚プリントアウトしてfaxといくか… とりあえず、警備室制圧が先だな」 「爽やかに言わないで、頼むから」 いや、もう今更なんだとわかってるけれどね? 「橘せんぱーい、ユン○ルかって来ましたよー」 「あー、ありがとさん」 「がんばってますね」 「あぁ、そうだなー」 「なんでそんなべっこり凹んでるんですか?」 「一つも成果がなかったときのあの男の反応に怯えているんだ」 「え?橘先輩が怯えるって・・・ ナニモノですか、その人」 「最悪最強の、唯我独尊男だ」 7 「・・・・・・・・・・制圧完了したぞ」 「うむ」 携帯電話から聞こえてきた報告に、手塚は満足そうに一つ頷いた。 既に目の前にある数多の画面はその作業を行った人間の茶目っ気で黒地にBABELという赤文字で埋め尽くされている。 世代的ネタ不明とかキニシナイ! 「では面白そうなものをピックアップしてマスコミへ頼む」 「了解」 この場合面白そうなものってどれなんだろうな? 現状を見ていない電話越しの旧友の愚痴は幸いキレた開戦、西の地にとどまるに終った。 幸い血のにおいは最低限。 何人もの人物が周囲には沈んでいる。 外傷はないが、現実的なダメージは有無言わせていない。 流石、とこの場合っていう処だろうか? ・・・・・・勿論常識でいえば「お前らの本業なんぞな」ってところからなのだが。 「館内は大騒ぎだよ」 「だろうな。むしろ好都合だ」 部屋を出ると廊下で丁度何度目かの「確認部隊」の最後の一人を撃破した不二が呼吸をかすかにだけ上げて告げた。 ねぎらうつもりで(大真面目に)腰を引き寄せると、うーん、と微妙な反応が見て取れた。 なんだ? 「あの、空気よまない癖なおしなよ?手塚」 「頑張った恋人をねぎらう。おかしいことか?」 大真面目に告げた手塚の鼻先を不二は軽いデコピンで制してするりと腕を抜け、ひょいと傍らにいた少女を抱え上げる。 完全に防御のために少女を利用しているが、彼女は大人しいものだ。 「面倒ごとは教授に任せた。さて、あとは」 「ま、准教授だけどね」 「たのもう」 古臭い表現だが、男には似合っていた。 ・・・・・・褒め言葉としてはどーかって話だが。 「・・・・キサマがこの騒ぎの原因か?」 上物のスーツに身を包み、上物の椅子・・・この場合"玉座"なのだろう・・・の上で、辛うじてという枕詞を持ってふんぞり返っていた老人に、年上への配慮なんぞド皆無で告げる手塚。 騒ぎというなら、ぶっちゃけこの男が引き起こしたものが騒ぎというには相応しいというのに。 まだ部下から騒ぎの状況を聞いてもいなかったのか。 そうと言われた男はむしろぽかんとして若造の言葉に目をしばたく。 だが直にこの無頼者たちと共に自分が負っていた存在がいることに気付き、一瞬なりとも歓喜が満ちた。 それがどんな自殺行為とも気付かず。 「回収屋か」 自分の都合のいいように考えたのだろう。 口にされた言葉に、だがそうと言われた男が鼻で笑う。 タイミングよく、不二がしゃがみこんで少女の耳を覆った。 彼女が言葉を理解するとは想わなかったが、それは譲れない配慮だった。 「生憎だったがこの娘はお前のスペアなどにはならん。 自身のこれまでの不摂生を呪ってその本来の寿命を終らせるがいい。 あぁ、医療チーム等も期待するな。 生憎、それを維持できるだけの金がお前を自由にするとは限らん」 暴言全開。 遠慮なしの全力発言に男は再び間の抜けた顔になった。 これまでどんなあくどいことをしても他者を蹴落としても「成長」をしてきた男にとって、それらは不本意でしかない。 それはそうだろう。 会社のトップシークレット。 自分の目的。 そして、暗示される破滅。 意味が解るわけがない。 わかってたまるか。 わけのわからないものは排除する。 そうやって生きてきた。 それが生き方だった。 「SP!至急こいつらを」 「なんだ。まだいるのか?」 電話ではなく、ある意味インターフォンのようなもので警備員たちを呼ぶ。 だが手塚たちにとっては別の意味で意外そうですらあった。 そして、上げた声のむなしさだけが現となる。 「ふむ、やはり品切れのようだな」 嘘である。 実際は警備システムを押さえつけている「別の存在」が、本来最優先すべき情報を阻害しているだけだ。 実際、ここに来るまでの過程で半数も残ってないだろうけれど。 それをかましているのが京都のボロ下宿屋(元)であるとか、ばれるような鉄仮面ではない。 いかんや年季はともかく実用性が違う。 「今回顔を見せる必要は全くなかったのだが、正直ぶん殴りたかったからだ。 ほかに理由などない。からっきしない。理解したか?」 つかつかと広いその部屋…会社とすればもっとも神聖たる"謁見の間"というべきか。 城主、もとい会長へと向かってくる男は宣言を実行するため、遠慮なく拳を振り上げた。 事態が統べて唐突過ぎたのは計算だ。 だからいわれている意味を把握するより先に、逃げるよりも先に目的たる人物は後方へと吹っ飛んでいた。 勿論、自分の意志ではなく。 「さて、百合。お前も殴っておくか? 理解はしていないかもしれないが、このアホんだらのせいでお前は人間としての尊厳を此れ以上なく破壊されている。これから再構築するには少々時間がかかるだろう。 勿論、俺たちも手伝うことになるが」 「手塚。間違いなく彼女には意味がわからないから」 「ふむ?」 「だから、いいよ。 君がかわりにあと何発かぶん殴っておけば」 「了解した」 「手塚が怒っているのは年端も行かない女の子が"臓器移植"のために"飼育"されてたって状況なのかそれとも」 「ほかに理由があるんですか?」 「まぁ、あいつのことだ。 案外、俺たち常人には理解できん理由かもしれないと想ってみたんだが」 「はぁ」 「どうも、思い当たらないんだけど、どうしよう?海堂」 「知りません」 8 「血がついた」 ひとはそれをやりすぎという。 「とりあえず、帰る?」 「あぁ、そうだな。百合」 「・・・・・・かえる」 彼女は呼ばれた名の側をみた。 彼女にはわからない。 殴られた男のしようとしていたことも、殴られた理由も。 殴るという行為自体の意味も。 された曖昧な説明に含まれる嫌悪すら。 それでも、これだけは解っていた。 自分は、彼らについていっていいということだけは。 「づかっちも冷たいなー そんなでっかい件なら俺ががずーんと盛り上げてやったのにー」 「お前はカメラマンだろう?千石」 「うん。でも"スクープ屋"だし」 「だからだ。お前一人の場合、口封じに連中が動きかねなかったからな。 さすがにそれでは目覚めが悪かろう」 「目覚めだけかー」 ほかになにが? 不思議そうに問いかける目線が痛い。 「まぁ嫌な事件が終ってそれはそれでいいと想うけどさー」 「そうだろう」 「んで、件の彼女どうすんのさ」 「あぁ。責任とって里親をみつけるさ。 男夫婦では少々都合が悪かろう」 「懐いてるみたいだけどー?」 視線の先には、用意されたメニューと真剣ににらめっこをしている少女と、それを静かにみつめる不二の姿。 比較的、穏やかかつなんとも優しい光景だ。 ただ向かい側に座る連中の目は物騒だし様子もアレだが。 「常識をおしえなければならない相手に、我々ほど不適応な人間はいないからな」 「あ、その自覚はあるんだ」 「と、不二がいうのでな」 ふぅ、と息を吐く。 あれ?引き取りたかったのかな?と想う、ほんのり残念そうなため息。 「俺ほど教育者として向いている男もいないというのに」 「教育者じゃねぇじゃん、つーか親としてはむしろ失格部類だからね、塚っち」 「ふむ?」 心外だと腕を組むこの人に、誰かつっこみという名の合いの手をくれればいいのに。 |
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