”彼”に逢った日の月は、まるでこちらの気持ちに向けるように・・・・・・
とろりと笑っていた。
AQUA WALKER : NIGHT COWBOY
この街「水際」には一つの生き神伝説がある。
それは道路が殆どなく、殆どの交通手段を水路に任せている町ならではのものだ。
水人。
それは陸に生きる人々と同じ容姿を持ちながら、水を生活の場とする「人々」
街の隅々までを知り、もっともこの街を大切にしている愛すべき隣人である。
勿論、伝承なのでその姿を実際に見たものはいないといわれている。
生き神の所以だ。もっとも、濡れた髪を乾かし、街を歩いていてそれと気付く者は少ない。
だが、その日。
乾は、水人の少年とであった。
「・・・・・・・・・・・・」
ぽたり、と滴った雫が、整備された水路のアスファルトに黒を彩っていた。大分前からそこにいたらしい。
そしてその出来上がった黒よりも濃く、艶やかな髪の奥で強い瞳が此方を睨んでいる。
何故、自分を見ている?
そんな不快を隠そうともしない様に、先ず惹かれた。
「・・・・・・・・・また、ここに、くる?」
乾は思わず、出逢ったばかりの少年にそう問い掛けていた。
少年は応えず、身を翻した。その先には・・・・・・・街の道、水路。
やっぱりと思う前に、乾は自分を名乗っていた。
日頃計算高いとか細かいとか言われる割に、その時の自分の行動はあとから考えても首をひねざるを得ないぐらい、とっさのものだった。
「俺、乾貞治。建築デザイナーやってる。君は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・薫」
名乗られた以上、名乗り返す。
割かし律儀な性格かも知れないと思いながら、乾はその名を心の中で反芻した。
その間に名の持ち主は綺麗な曲線を描いて水路に飛び込み、すぐにその気配を無くしてしまった。
それでも。
乾は確信する。
彼はきっと明日もここに来るだろう。
濡れた自分が触れるわけにはいかないと思いながら、小さな生き物を気にかけているのは確かだったから。
「くぅん」
その生き物が崩れかけたダンボールの中でいなくなった気配を求めるように一声鳴いた。
乾はその姿に手を伸ばしかけ、思い直した。
そのままきた道を・・・・自分の事務所までの道を、その長い足で駆け出した。
勿論、まだ賞味期限を残している筈の牛乳と、彼の用意出来ない乾いたタオルをとりに。
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