01

目が覚めると砂漠だった。

「なんで?」
「さて、なんでかな」
「ひゃぁ?!、びっくりした。コバセン、いたの」
「いたの」

当然抱いた疑問に回答とは思えない返答。
クラス担任であり「担当神候補」(でももう元)を兼ねるおっさんの声に、森は目を丸くした。
だが驚かせた方はいくらか途方にくれた顔で、少女のリアクションにかまっている余裕もない様子。

「で、ここどこ?」

砂漠、というイメージに反してさほど暑い、という印象はないが、それでも時間の問題だろう。
かろうじて岩場の影に今こそいるが、視界に映るのはどこまでもさえぎるものが何もない荒れた土地。
奥の方に緑が見える気もするが、木みたいな高い植物は見当たらない。
どう考えても、お世辞にも長居したいところではなさそうだ。

「ここ?うん、どこだろな」
「・・・・・・・煮え切らないわね」
「にえきらねぇの。んで植木に確認させてる」
「うえきもいるの?」
「あぁ」

逆を言えば、そこで打ち止めだけどな。
肩をすくめた担任は、どこまで状況を把握しているのかいないのか。

「コバセン」
「ん?」
「で、なんでわたしら、ここにいるの?」
「さて」

簡単な仕事だったはずなんだがなぁ。
小林は森の言葉に、皮肉っぽく呟いた。
そう。簡単な仕事だったはずだ。
天界からの依頼で磁場がおかしいから中心点を確認してほしい、という場所の調査。
あくまでも明確な場所の特定だけで、トラップもなかったしさほど大きいゆがみでもなかったし、じゃぁマップもつけ終わったし帰るか、っていう時になって、調査用のセンサーがけたたましい警告音を鳴らした。
そこまで。

「ま、飛ばされたんだろ。つまり」
「つまり、って・・・」
「ま、どうにかするさ。俺は植木さえいりゃどこでもいいし」
「あんたはいーかもしんないけど」
「あいつには大事なもんがありすぎらぁなぁ・・・」

だから、帰るぞ。
結局植木中心でものを言う小林に、森がなにをいっても仕方がない、とため息をついたところで、不意に。
光の塊のような翼を纏った仲間の少年が姿を現した。

「あ。起きたか、森」
「やっほ」
「どっか怪我してたりしないか?」
「幸い」
「で、植木。近くに集落はあったか?」
「ん。あった。なんかこー、ねいてぃぶあめりかん。みたいな感じ」

そんな遠くないぞ。
空から周囲を確認した植木はそういったが、その目測がどれほどのものだかは想像しがたい。
げんなりとしながら森はそれでも、ここよりはましかと思う。
いや、それより。

「え?アメリカなの?ここ」
「いや。違うだろ。だったらワンコと連絡取れるはずだ」
「みゅ」

あっさりと希望をぶち壊す担任に恨み言を言う余裕もない。
森は精神的に疲れた気分を叱咤しながらそれでも自分の足で立ち上がった。


 02

「ファルガイア?」

異形ともいえた三人を、その地の民は快く迎えてくれる。
穏やかな人々が慎ましやかに暮らしていた小さな集落は、バスカーといわれているらしい。
警戒心がないのかそれがここのルールなのか、旅のものとしては胡散臭すぎる軽装の三人を当たり前のように族長だと呼ぶ老婆の元まで案内し、植木の素ボケで「俺たちここの住人じゃないんだけど、ここなんて世界だ?」という限界までぶっ飛んだ理解されなくても仕方がないような問いかけにもさらり、と答えてくれた。
とはいえ、それ故に明確に聞いたことはないと言い切れる世界の確定に、小林はわらぶきの天井を仰ぎ、森は頭を抱え、植木はそうなのか、と納得した。

「帰る方法をさがさねぇとな」
「まったくよ」
「時空を越えてかえる、となると・・・
やはりガーディアンの手を借りるということじゃろうな」
「護り民(ガーディアン)?」
「そうじゃ・・・じゃとすると、あの巫女殿、ということになるのじゃが・・・」
「いや、ばーさん。あんた一人で考えられても・・・」
「おぉ。すまんの。ガーディアンとはこの世界を護る神々。
人と共にあり、同時に導き、守り護られ存在するこの星のさまざまな側面を持つ姿」
「それに、時空を伴う・・・そのガーディアンとやらがいると?」

可能性があるとすればその存在じゃろうな。
単刀直入な小林の言葉に、不快も見せずに族長はうなづいて見せた。
ならその存在を奉っているところはどこかと聞けば、さぁ、旅の空じゃからのぉ。となんとも心ともない言葉が返ってきた。

「旅って。ガーディアンてそんな身軽なの?」

森が首をかしげると、そういう意味でもなくての、といくらか曖昧な言葉が返ってくる。

「ガーディアンのちからの象徴とも言えるガーディアンプレートをあずかっとる巫女が渡り鳥での」
「渡り鳥ってなんだ?鳥?」
「んなわけねぇだろ。まぁ多分、旅人とか冒険者とかそんなんじゃねぇの?」

植木の言葉に、小林が苦笑いをこぼす。
あぁ、なるほど。なんかかっこいいな。
らしいというか、なんというか。こういうとき、納得するのもだいぶ早い。

「今どこにおるかわからんのじゃ。
それにこのバスカーは外界からいささか離れておる。
船がなければ・・・ここに来るまでを待つだけじゃの」

それってどう考えても洒落にならなくない?
森がまともに顔色を変えると、植木がんーと考え込みながら、自分たちのとりうる手段を想像したようだった。
いわく、花鳥風月。

「そんな遠くなければどうにかなるけど・・・」
「森を抱えて飛ぶのはいやだぞ、流石に」
「・・・・・・・・・なにそれ、私が重いとか重いとかおもいとかそういういみじゃないでしょぉねぇえええ?!」
「森、く、くびっ、くひっ、ごらっ」
「森、コバセン死んじゃうから」

だが不用意な小林の言葉に話はややこしくなる。
顔を真っ赤にして大の大人を締め上げる少女という世にも奇妙な光景を展開するその背中側で。
ちぃーす、とずいぶん軽い声が聞こえて、はた、と彼らは惹かれるままに振り返る。
そこにはいかにも「旅人」といった趣の、金色の長い髪と荒野色のコートを纏った男と、まだ少年らしき姿が二つ。

「こんにちわ」

不意に頭を下げたのは、男の影になる部分に立っていた少年の方だった。
青い髪がさわ、と揺れ、紅いベストの肩に沈んで凛と映える。

「あ、こんにちわ」

真っ先に反応したのは勿論植木だ。
つられるように森も頭を下げた。
小林は突然来た、自分たち同様この集落では浮いている二人の姿を値踏みするように眺め観ている。金髪の男の目線に、まるで対抗するように。

「先客だとは悪かったな。出直そうか」
「いや。いいタイミングじゃ。巫女はどうなされた?」

子供たちのやりとりをほほえましく見ていた老婆に、男が問い、むしろ彼女はそれを歓迎した。
だが重ねられた問いに、今度は小林が眉をひそめた。
ちょっと待て?

「姫さんなら実家。流石に式典とか全部すっぽかすわけにはいかねぇってんでな」
「その忙しい巫女殿に御用の方たちでな。
せっかくじゃから案内してやってはくれんか?」

「姫さんに?」
「というより、その姫さんとやらのガーディアンに用があるんだがな」
「ガーディアンに?」

不思議そうな声は金髪の男からだがさっきの声とは違う色をもっていた。
あれ?と思った森が観ると、さっきは居なかった青い鼠・・・に見えるが微妙に色々違う、四足のちまい生物が好奇心じみた目を自分たちに向けているのが見えた。

「あ、かわいい」
「それよりガーディアンに用があるって?」
「おう。俺たちの世界に戻してもらおーって」
「鼠がしゃべったのはスルーなのね・・・」

いや。別にいいんだけど。
小動物に当たり前に言葉を吐く植木に、森はちょっと遠い目をしながらつぶやいた。
いや、それより。

「"俺たちの世界"?」
「あぁ。ま、そゆことだ」

肩をすくめて、金髪の男に対して小林は話をまとめてしまう。
詳しく言っても理解できないだろうとそんな意識が伝わったか、その場には沈黙だけが残り、首をかしげながら男が問いかけた。

「それは仕事の依頼ってことでいーのか?」
「え?」
「あんたたちを無事に送り届ける。そういうことだろう?」
「でも俺たち金ないぞ?」

金髪の男がまとめようとした話を、植木が崩す。
あぁそういやそうね、と森がうなづいて小林も苦い顔をする。

「じゃぁ交渉以前の問題じゃねぇか」
「ザック」

少年がとがめるように、おそらく男の名を呼ぶ。
だが実際、彼らがそういう類で生計を立てているのだとしたら、当然の申し出だ。
三人は顔を見合わせ、どうする?と問いあう(主に森と小林が

「なにか変わりになるものないの?コバセン」
「こっちの文明レベルがわかんねぇんだから、手持ちものがどうとかわかんねぇよ。
っていうか本気で今回軽装だったんだからな」
「この辺で仕事探す?」
「なさそうだぞ」
「よねぇ・・・あぁこんなとき右手を成金に変える能力があればー」
「あぁ、マジでその勘違い今ほしいよな」
「でしょ?」
「で?結局のところ充てはあるの?依頼人さんたちー」
「ない」

タイミングを計って言われたネズミの問いに、小林は即答した。
うそを言っても仕方がない。

「そこまであっさり言われると潔いって奴だな」
「しょうがねぇだろーが。事実なんだから」
「あの、でも僕たちもこのあとアーデルハイドには行く予定なんだから、一緒につれてってあげようよ、ザック」
「あげようって言われてもな、ロディ。
俺は報酬もなしにせっかくのお前との旅を邪魔されたく・・・」
「はい、ザックー。駄目人間発言禁止」

「・・・・・・・・・馬鹿ばっか」

一瞬で話の内容が別方向に流れたのを悟って、森が呟いた。
ちょっと泣きそうだ。この手の縁にしにそうになっている。なれたけど。

それより、あれだ。
結局自分たちはどうなるのか。
森が途方にくれて扇いだ天井に、答えが書いてあるはずもなく。


 03

転機、といえるといえば、それはそうだっただろう。
もう遅いということで、結局とめてもらえることになった族長の家で、小林が何気なく、自分の嫌いな野菜(少なくともその味がする代物)をわざわざ能力で苗木に変えたのである。
こら、と植木は(あくまでも好き嫌いを)怒ったが、もう遅い。
当然その行為は目の当たりにされ、一同の目が小林の手元に集中した。

「あほ」

森が一言、呟いた。
当然だ。無駄に目立つ上に、常識外れの能力なのである。
見かけ小さなそれは、けれど確かな「命」の塊。

「だってピーマンの味したんだもんよ」
「あんたいくつだぁああ!」
「35?この話の設定上」
「ガキみたいな真顔で説得力ないこと言うなっ」

口を尖らせて言う小林に、森は容赦なく突っ込むが、そんなことより何にも知らない、同席者?達の同様のほうが当然大きい。

「・・・・・・・なにものだ?」
「んー、元神様候補?」

ザック。そう呼ばれた男の呟きに、植木がこれまた馬鹿正直に答える。
森が慌てて「こっちの世界のことだから!」と声を上げた。
嘘はひとつもない。

「かみさま・・・」

青い髪の少年、ロディが不思議そうに呟く。
そりゃそうだろう。悪いが説得力なら皆無の自信は大有りだ。

「この荒野に、そのような能力を持つ人が降りるとは。
なにやら、運命のようにもみえますのぅ」

族長がこちらはさほど動揺を見せずにそんなことを言う。
その辺、年の功というべきか。

「んにゃ。この世界に自分の運命だの役割だの探す気はねぇし」

対しての小林は、寧ろいさぎがよいほどばっさりそんな言葉を否定する。
自分たちのいる世界は、帰るべきほうなのだと。


「この世界がどうして荒野なんてのばっかりになったかまではしらねぇが・・・
緑を取り戻すってんなら、それはお前らの仕事なんだろ?」

俺は約一名の英雄で要るのでいっぱいいっぱいでな。
肩をすくめ、笑う。
その小林の様子に、くく、と笑ったのはザックだ。
最初っから小林たちをあからさまに胡散臭がっていた彼だが、不意になにか、気に入った言葉でもあったらしい。

「たしかに。あんたみたいなのがいきなり導入されちゃぁ、マリエルの苦労が無駄になりそうだ」
「・・・・・・・?」

マリエルって誰だ?と目線は問いかけられたが、どうやらザックに説明する気はないらしい。
いいぜ、とその変わりに、突然言葉を重ねる。

「ロディ。こいつらを明日アーデルハイドに案内するぞ。
幸い、ガル・ウィングの定員には足りるしな」
「え?あ、うん」
「どういう心境の変化だい?ザック」
「なに」

いるべきところにいるようにする。
当然のことってわけだろ。

ザックの言葉に、ロディもそっと笑ったようだった。
彼が、自分にも向けて言ってくれていることを、なんとなくわかったからかもしれない。

「んじゃぁそっちは話が落ち着いたってことで。
とりあえず今日は寝るか」
「・・・・・・・・馬鹿が役立ったわねー」
「だからお前元とはいえ担任にだな」
「褒めてるのよ」

いや。褒めてない。
絶対褒めてない。
小林は想ったが、言うのはやめたらしい。
全くの懸命な選択としか言いようがなかった。





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