第40話 『ロンドン、ラストステージ!』
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ちょっとづつ、重くなっていく。
少しづつ、理由が増えていく。
伝えなければならない言葉。
負けられない決意。
それから。
終わりの予感。
げぇむの?恋の?
それはわからないけれど。
「にぃちゃん?」
絹のような、気を抜けばするりと抜けてしまいそうなそんな曖昧な手触りのよいコートの端を握る。
あの時。
ロンドンからの不意打ちを遮ってくれたラインに、一角から落ちた自分を受け止めてくれた熱のない影に。
護られているという事実に、どれほど歓喜したかわからない。
まだ、一緒にいるという事実。
なのに目の当たりにしてきたいくつもの別れに、抱く不安は澱の様にココロに重なり続けている。
まだ、大丈夫。
でも、それは本当に、「まだ」とつくだけの頼りなくて無力なもの。
「不壊」
「なんだ?」
「なんで、キミ・・・逆門は・・・
負けた人から記憶をとっちゃうのかな・・・?」
妖逆門は「げぇむ」だ。
最初は、純粋に楽しみたい、楽しんでほしいとはじめられたはず。
なのに、どうして?
「そりゃぁ、あれだろ」
「え?」
「キモチと思い出は、別ってことだ」
「忘れた」子供たちにも、確かに残されるものがある。
曖昧ゆえに強く残るそれは、もしかしたら。
時の移ろいに残されることがわかっている、やさしい妖のせめてもの償いかもしれない。
「じゃぁ、不壊も・・・」
「ん?」
「なんでも、ない」
不壊も。
俺が、忘れてしまった方がいいの?
そんな悲しい悲しさはとても聞けず、三志郎は首を振っていこう、と立ち止まっていた先を促した。
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第41話 『涙の河を越えて』
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ふっとばされる、なんて展開はそうそう子供のウチから(最も大人だってだろうけれど)経験するはずもなく。
しかも自分が見た限りは、このふっとばされた背中にあるのは荒れた岩肌だけで、普通なら死んでしまっても不思議じゃないんだろうけれど、俺は当たり前のようにしなやかな衝撃に身体を護られる。
熱のないそれの例えようもない不安定と心地よさ。
大丈夫か?
耳を打つのは、自分を助けてくれる影の声。
「決勝戦」だというのに、こんな迷っている自分にいらだっているのを抑えてるって、すごくわかる。
同時に、本当に心配しているってのも、わかる。
ねぇ、どっちが大きい?って。
そう聞いたら馬鹿、っていわれるかな?
こんなときに俺はどうして。
目の前の対撃なんか全部無視して、あんな悲しい目をした友達の為に泣きたいと嘯いて、この俺だけの夜の中に沈めたらいいのになんて想ってしまうのだろう?
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第42話 『妖たちの反逆』
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「な、不壊」
「なんだい?」
「さっきの、話」
「さっき?どれのことかねぇ」
「とぼけんな、わかってていってるだろ」
妖たちが必死になって、みんなで「扉」を開けようとしている。
ただ感情に流された怒りからではなく、純然たる意志をもって。
そんな状況になると困ったことにただの人間でしかない三志郎にはすることが逆になくて、隣に立つ大天狗にも聞こえないように、大事な大事な、個魔に問いかける。
聞こうとする自分の声はどこか上ずっていて、緊張しているのは、多分相手にもわかってると確信する。
「さぁて、ねぇ?」
「不壊がいったんだぞ」
「だから。なんのこと、だい?」
「・・・・・・・・・おれに、ついてくるって」
口にして、三志郎はあらためて自分が口にした言葉に真っ赤になった。
わかってるはずなのだ。
あくまであの言葉は「妖逆門」という「期間」の間のことであって、これから先というわけではなくて・・・
それでも。
「うれしかったんだから、しかたねぇだろ・・・っ」
「兄ちゃん・・・」
「ごめん」
場違いなほど、自分に響いた何気ない言葉の重さを、ただ知っていてほしかっただけ。
個魔がなにか、言いかけた。
姿は見えなかったが、そんな気がした。
それがわかる位に、もう付き合いは深くなった、そんな自覚があったが、それが続くことはなかった。
もうすぐじゃ。
隣に立つ大天狗の確信に満ちた声が、三志郎の意識をあの少女に続く扉の向こうに攫った。
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第43話 『オレとねいどと不思議な世界』
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げぇむは楽しんだもん勝ち。
不壊のことばに、なんだか自分が自慢されたような、そんな気がして三志郎はうれしくなった。
ばか、ってのは、ちょっとくやしいけど。
わかってくれてる。
そんな嬉しさ。
けれど、ちゃんと伝えておかなきゃならないこともある。
「でもな、不壊」
「あ?」
三志郎は個魔のコートの裾を引っ張って、口元に手を当てた。
内緒話。
なんだい?と身を掲げてくる個魔は、実体がないのだから耳なんて飾りなんだろうけれど、まぁあれだ。気分の問題。
形のいい、でもあんまり肌色のいいとは思えない耳に、そうっと。
内緒のほんとう。
「俺は、不壊がいたから、楽しめてるんだぜ」
「・・・・・」
忘れんなよ。
冷たい耳に唇を寄せて、あてられるねぇ、なんていずなの声にべー、と舌を出す。
直後に、つくりものの世界が一転した。
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第44話 『とびだせ!ねいど中学校』
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第45話 『究極ぷれい屋・三志郎!?』
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計算高くて、冷静沈着で、ついでに敬語の兄ちゃん?
そりゃいくらなんでも、贋物ってよりあれ、だ。
別もん、だろ?
「不壊も、ああいう俺の方がいいのか?」
向こうのヒトツキの攻撃から助けてやったってのに、子供の呟いた言葉はそんな問いだった。
まったく。
どうしたらそんな考えに至るって?
「おれぁ馬鹿で単純で正直で、正面突破しかできない兄ちゃんがいいねぇ」
それ、褒めてるつもりか?
まさか。
褒めるなんてこと、おもってもいねぇ。
「あばたもえくぼ、って奴さ」
あきれても、ため息が零れても。
そいつが日常、って思ってしまえば、それまで。
「よくわかんねぇけど、俺が俺でよかったってこと?」
「あぁ?それは、ちょっと違うな」
「え?」
「兄ちゃんじゃなきゃ、いやだってことだ」
さ。反撃の時間だぜ?俺だけの、愛おしいぷれい屋殿?
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第46話 『個魔の唄』
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不思議な空間は、いつか見た記憶がある。
あぁ、そうだ。不壊と引き離された時・・・「正人」と初めて逢った時だ。
純粋にすごいぷれい屋だと思ってた。
あぁ、俺と一緒で、妖逆門がすきなんだな、ってわかった。
でも、好きにも色々あるんだな、って。
あいつのおかげで見せ付けられた。
その中でも、全部ひっくるめて特別な俺の「個魔」とやっと逢えたときにも来たのが、ここだったっけ。
その空間で、今不壊が横たわってる。
傷を治しているんだという。
少し遠いところにいるあいつが、すごく遠い気がして悲しくなってしまった。
俺のせいで傷ついたのに、俺から離れて傷を癒しているって状況が、妙に悔しい。
「・・・わがままだな、俺」
わかってる。
包帯を当てたって、消毒したって、そんなの個魔には関係なくて、寧ろ俺がいなければ怪我しなくって、そんで。
けれど。
初めて見た別の個魔から、ずっと一緒にいてくれた俺の個魔から、俺は知らなかったことを教えてもらう。
不壊。
お前は、この妖逆門がはじまるよりもずっとずっと前から、俺のそばにいてくれたんだな。
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第47話 『妖逆門崩壊』
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みんなで。
また、ルールにのっとった旅に。
子供らしい、未来しか信じていない決意。
すでに「げぇむ」というルールは存在せず、殺し合いと呼んでも変わらない状況下において、幼い筈の意志のなんと眩しい事か。
いいや。
最初から、この子供はまぶしかった。
だから選んでしまった。
ルール違反をしたのは、個魔の方だ。
すでに「妖逆門」という理から外れたこの世界から、この子供を連れ出すことは出来たはずなのに、結局全てを背負わせてしまって。
(・・・・・・・兄ちゃんは、戦うために旅に出たかったわけじゃねぇのにな)
あやまるのは、ルール違反だろうか?
わからない。
ただ何いってんだよ、と笑い飛ばされる気はしたが、それが答えとは思えなかった。
ただ。
この自分だけのぷれい屋の、もう一度旅に出たいという願いはかなえてやりたかった。
果たして、「みんなで」という言葉を忘れてしまったとしても。
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第48話 『きみどりとねいど』
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「おい、不壊」
「あ?なんだ、イズナ」
「ちょっと、残念だって思っただろ?」
「あん?」
「三志郎に取り込んでもらえなくて、さ」
「・・・・・・・・・・・・」
「三志郎は知らねぇからナ。
いや、知っててもそれを否定してんのかもしんねぇよ?
別離があるってことを、さ」
「・・・・・・・・そうさな。うすうす感じ取っちゃぁいるが、確証は抱かない。そんなとこだろ」
「それだったら」
「・・・・・・」
「あんだけ不壊のこと好きなら、取り込んでもいいだろにねぇ?」
「ばーか、兄ちゃんがいってたろ?」
「んー?」
「俺たちは、違うからこれまでやってきて・・・
これからを信じていけるんだってな。
ま、俺も兄ちゃんに言われて目からうろこ、ってとこだけどよ」
「はいはい。ごちそーさま」
「ふってきたのはそっちの癖に」
「あー俺が悪ーございましたー」
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第49話 『オレたちの光』
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初めて、名前を呼ばれた。
三志郎、って始めて呼んでくれた。
嬉しくておかしくなりそうだと思ったのは一瞬で、心地よい闇の中から、俺は追い出されてしまう。
(だってふえがふえじゃなくなったから)
戦うべき相手が立っている。
手にした撃盤が熱い。
(ふえってこんなにあつかったっけ?)
しなきゃいけないことはわかってる。
それは俺の願いで、不壊の願いでもある。
(だっておれたちはずっといっしょだ)
鬼仮面がなにか言ってる。
最初から、個魔と一緒?
なぁ、お前は本当にそれでいいって思ってる?
ウタに抱きしめてもらった時、お前はなんにも感じなかった?
俺と不壊の撃盤に、みんなの撃符を走らせる。
保証がないって?嘘つくな。
走らせる感触はいつも以上にどきどきする。
いつもより、全然楽しくないけれど、不壊と一緒だってすごくわかった。
(しっぱいするわけ、ないじゃないか)
ここまで、一緒に来た俺たちなんだから。
火の兄が「生まれる」。
撃盤は、まだ熱い。
でも、どこかでわかってる。
この熱が、少しづつ冷めていくのが。
「不壊」
頭がぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃで、胸が苦しくて悲しくて、立ってられないんだ。
踏ん張っているつもりだけど、なにかが足りない。
まっすぐ立ってる気がしない。
(ねぇ、ふえ)
待ってるから。ずっとずっと待ってるから。
待ってるのに飽きたら、俺から逢いに行くから。だから。
(あたらしいたびに。かならず、いっしょにいこうな)
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第50話 『さいごのげぇむ』
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いっぱい、いっぱい遊ぼう。
馬鹿みたいに笑って、いっぱい走って。
それで、それで。
だってそうすればきっと、あいつだって何があるかと思って見に来るかもしれないだろ?
あいつめんどくさがり屋のくせに、お節介だから。
こけそうになったらきっと支えてくれる。
あぶねぇなぁ、兄ちゃん、て。
きっとテレ屋だから、また名前呼ばないんだぜ。
俺が三志郎、って呼べって言っても、兄ちゃんは兄ちゃんだろ?ってあの不敵な笑みで。
俺が笑ってれば、自分がいないのに笑うな、って不機嫌になるんだ。
不機嫌でもいいんだ。
あいつが機嫌を直す手段は、学習済みだから。
なぁ、きみどり。ごめん。
ほんとは俺が、ただ遊びたいだけ。
だって遊んでいないと、泣いてしまう自分がいるから。
だから、ずぅっと遊んでいたいんだ。
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最終話 『オレとみんなのばけぎゃもん』
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ひとりの野宿にはすっかり馴れた。
守られていた自分を改めて感じながら、同時に自分がそれなりに成長したんだとそう思えておかしくなる。
とろとろと眠気が身体を重くしていく中で、酷く時々、曖昧な幻を観るようになったのは、やっぱり旅を始めてからだ。
撃盤が。
あの思い出が嘘じゃないことを形で示すそれが、月明かりの下で微かな光を発する、幻。
銀と赤をあわせたような、そう。あいつの。
(そういや、「いる」んだよな。ここに)
一人だとは思っていたけれど、冷静に考えればあいつはこの撃盤とひとつになったのだから・・・
(なんだ。いるじゃん)
一人旅、なんて気取っても。
けっきょく一緒なんだ。
そう思ったら、酷く安心して、目蓋が一掃重くなった。
本当に眠りにつくほんの刹那。
そっと髪にあの冷たくもなくて熱くも無い、不思議で懐かしい感触が滑った気がした。
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