幽霊アパートにお邪魔する機会がありました。(タイトル





その木々の海の中へと差し掛かった途端、森の身体が竦むんだのをバックミラー越しに見て、小林はくすり、と口元を歪ませた。
このいろんな意味で鈍感な彼女にすら感じさせるとは、随分なものだ。
流石、イラズの森といったところか。
だがこの一種委空間を抜けないと目的の町にはたどり着かないのである。
付いて来たからには腹を括って我慢してもらおう。

「それで、なにしに行くんだ?」

不意に。
最強の女子高生(小林確定)すら怯えたわけのわからない気配の中、のんきな声が聞こえた。植木だ。
おそらくたゆたっている気配自体に気がついていても、それ自体が危険であったり敵意があったりするわけではないことまでわかっているのだろう。
好意的解釈、というわけではない。
単なる慣れの問題として、ステアリングを握る小林はそうと結論付け、にっ、と笑った。

「あ?言ってなかったか?」
「ない」
「今回の仕事に関わって、専門家に、ちょいと意見を、な」
「専門家?」

森が不思議そうな声をあげた。
おそらく、たとえ「専門」と呼んだとしても、基本的に誰かに頼る、という発想自体がないとでも思っているのだろう。酷い誤解だ。
利用できるものは利用しないと、効率が悪いと考えるのは当然の発想だと言うのに。

「まぁ色々面白いもんがみれるぜ」

説明してもしかたがないので、小林はそうとだけ言って愛車であるスバル360のアクセルを踏み込んだ。



「・・・・・・今すぐ回れ右したいんだけど」
「つまんねぇこというなよ」

言い分がよくよくわかっていながら、森の言葉にそうと切り返す。
全く。度胸ならすでにけっこうついてるとおもったんだがな?
だがある意味想像通りの「お化け屋敷でござい」な概観のアパート(というよりそのシステムは下宿所に近い)に嬉々として踏み入れるような歪んだ性格にならなくてよかった、とむしろ安堵するべきだろうか?元担任として。

「しゃぁねぇだろ?ここに住んでるんだよ。そいつは。
ちぃーす。どーせいつものお嬢さんしか迎えてくれねぇンだろうが・・・」

むしろ親戚の家かなにかのあつかいで扉をあけ、玄関に踏み込む。植木は物怖じせず、その背中を追った。
となると森も待っていることは出来なかったようで、一歩遅れて踏み込んでくる。
とたん、いらっしゃいませ、というか細く愛らしい声を聞いたのだろう。慌てて周囲を見渡したが、勿論目に映る相手はいない。その手の視力を彼女は見事に持っていないのだ。

「あ。おじゃまします」

対し、小林と同じ目を持つ植木は声の持ち主に頭を下げた。桜の着物を纏った少女はかすかに頭を下げただけでその声に応えた。

「え?い、いるの」
「うん。おんなのこ」
「・・・・・・・・い、いるんだ・・・」

幽霊屋敷っぽい、が滅茶苦茶あっさり「っぽい」が抜けた事実に森はひとつ呟いた。
だが逆にこれからが彼女のいいところ?で、そっか、いるんだとひとつ頷くとすっかり開き直った顔でね、うえきこの辺?と確認してからお邪魔します、と律儀に返した。まったく、見事だが、事態が事態なので感心している暇はない。
ずかずかと上がり、奥の食堂に向かう。
連中がたむろっているとしたら、自室よりもそこの可能性が高いからだ。

「ぅおーい、古本屋いるか?!」
「あれ?センセじゃないかい」
「なんだ、生きてたのか」

声をあげて入り込んだ広い居間には、ある意味で予想通りだった小説家と画家ののんだくれコンビ。
それから何故か、随分色々たくましい感じのといかにも切れ者ゆえに優男を演じている性質の悪そうな高校生のコンビが、実にうまそうな和菓子の山を囲んでいた。

「あ、ども」

高校生の一人が頭を下げる。
格好が大分くつろいでいるから、おそらく住人だろう。
めずらしい。
本当に「ただの人の子」がここに住むとは。

「邪魔するついでに古本屋の行方を聞いておきたいんだが」
「あの和食マニアなら、妖しい古本屋連合会議後出席の為不在だぜ?」
「あぁ。どこぞの坂の上にあるっつー売る気のない神主兼ねてる古本屋に集まってどんちゃん騒ぎやるってヤツだろ?んだよ、ハズレか」

っち。っかー。ここまでキタってのに。
連絡もなしで来るからよ。
ショックに馬鹿正直に文句を言った小林に、森のつっこみが入る。まぁそりゃそうなんだが。

「しゃぁねぇ。薬屋のじじぃンとこまで戻るかぁ?」
「っていうかセンセがつっこまれて反撃しないなんて初めてみたよ、ぼく〜」
「っつーかすげぇな、嬢ちゃん。饅頭食うか?うまいぜ?」
「あwありがとございます」

こちらの事態をなんにも知らない故に、のんきな誘いが住人側から誘われる。
っていうかその辺否定なしか、森。そうですか。
って植木もなにげに当たり前に座っているな。
その饅頭は曲者なんだ。
・・・・・・動けなくなるから。
何故って、あるだけ食いたくなる文字通りの魔法の食いモンなんだよ。
いうに言えずに途方にくれている小林の鼻を、食堂を兼ねる居間の奥からほうじ茶のいいにおいが漂ってきた。
多分「彼女」が来客である自分たちに用意しているのだろう。わかってるともありがたい。だが。

(・・・・・・・勘弁してくれ)

一応、仕事でどっちかっていうと一時を争う類なんだよ、いや、マジで。


「おいしぃいいい!」
「うめぇっ、これとーちゃんとねーちゃんにも食わせてやりたいなぁ」
「あら、無理よ、植木。絶対これ、もって帰る途中で絶対食べちゃうもの」
「我慢、するぞ」
「私が出来ない」
「ダメだろーそれー」

すごい勢いで饅頭をがっついている一応名義上の部下たちは、自分たちに差し出されたお茶を「どんな存在」が持ってきたのか気がついただろうか?
ちゃんと感謝する言葉は返したのだが、驚いてもいない様子に逆に優男の青年が目を丸くしていた。
まぁそれはいいのだが、自分たちの分まで食い尽くされると思ったか、青年たちも負けじと饅頭をカッ食らった。殆どどこぞの大食い選手権なんですけど。

「太るぞ、森」
「殺すわよ、コバセン」
「神様殺すって、こっわいねーちゃんだなぁ、おい」

ぼそり。
本当に一言呟いただけなんだがしっかり拾った女の子の鋭い目は、確かに殺意が宿っていた気がする。
しかしそれすら笑い飛ばして、そうは見えない画家が笑い飛ばした。

「かみさまぁ?」

逆に目をむいたのは住人らしき青年だ。
まぁ当然の反応だろうな、と小林は内心納得する。

「そーだよぅ、ゆーしくん。
このおにーさん、いちおー神様候補なんだから」
「もう候補から外れたけどね、この人」

ずず、とあんまり上品ではなく音を立ててお茶を啜りながらあっさり否定したのは勿論森。
一応担当だったはずだが、まぁいいか。彼女に関しては強制だったわけだし。

「てか、神様・・・スか?」
「なんかここに来て色々な人に逢ってきたけど、これぞ究極、ってヤツが来たなぁ」

ゆーし、と呼ばれた青年と、その友人らしきヤサいにーちゃんが率直な反応を見せる。
まぁそりゃそうだろう。
見えん自信はがっちりある。

「その元神様候補が古本屋さんに?」
「あぁ。ちょっとばかり、そのなっちまった神様の依頼でな。あいつならちったぁわかるんじゃねぇかと思ってなぁ・・・」
「って神様いるんだ。候補じゃなくて」

気になっている半分、おびえているところ半分。
それから、あっけにとられているのがスパイスで。

「そんな不審かしら?神候補って」
「まぁ不審だろーなぁ。すんごく」
「なんで?かっこいいのに。コバセン」

植木が首をかしげた。
完全に場違いなんだが、勿論本人はのほん、としていて空気を読んでいないのがあからさまだ。
愛されてるのはわかるけどな。

「でも植木。俺はお前のヒーローで手一杯だからな」
「あと、俺のお姫様も追加しておいてくれよな、コバセン」
「はい。そこ。続きは家に帰ってからね。
本来の目的人物がいないんじゃ、どーすんのよ、コバセン。そのさっき言ってた店とやらにいくの?」
「いってもいいのか?さっき森あったろ。ある意味そのど真ん中にある店だぜ?そこ」
「・・・・・・・却下」

絶対いや。
どうやら懲りたらしい。怖いものがあるのはいいことだ。多分、だが。
まぁこいつさんのことだから、行けば行ったで結構あっさり慣れるんだろうけど。

「あwセンセ、そっちいくなら芋飴買ってきてほしぃなぁw」
「じゃぁしぃ飲んだくれ作家。誰がお前さんなんかのために」
「やだなぁ。僕も食べるけどゆーしくんと長谷くんのためだよー」

おいしーんだよ、あのお店の芋飴ー。
状況がわかっているのかいないのか、ただ単に無視しているだけなのか。
おそらくは、この一種特異点的な「家」を日常に過ごしているだろう、「普通の」高校生たちにそんな話題を振っていても腹が立つだけで、っていうかだからこんな雑談をしにきたつもりもない筈で。

「ゆーしと長谷?俺植木。よろしく」
「私もりー。で、この休日恋人とのんびり過ごしたいが故に、とーとつに仕事を押し付けられてカッカしてて落ち着きないのがコバセン」
「あ、うん。よろしく」
「てかこの人恋人いるんだ」
「うん。俺」
「・・・・・・・はい?」
「ちゃんと聞いてたかよ。さっき姫だとかなんだとか言ってたじゃないか」

いや。絶対あんまりちゃんと聞いてるって内容のことじゃない気もするんだが。
目を丸くしているゆーしに対し、長谷と呼ばれる方はけっこう堂々としている。
格好から「遊びに来ている」人間だと思われるほうが肝が据わっているのもなかなか面白い。
かなり方向性は違うが。

「で、仕事って?」
「聞いてない」
「あ?」

当たり前の顔で植木が言った。
当然のように振られた話題だっただけに、あまりにもあっさりしたその言い分が「聞いてない」っていう仕事内容かと信じそうになるくらい。
森がそれを、脇から補足する。

「聞いてないけど、私たちはこの馬鹿についてくの。
まぁ後でちゃんと説明はあるし。丁度いいわ、今話してよ、コバセン」

ついていく、ってわりに、馬鹿はないんじゃないでしょうか?お嬢様。
・・・・・・すいません。どーせそんなの気にもしないんだろうけどな?
高校生コンビは目を輝かせで好奇心を隠そうともしていない。
オトナ連中も興味を隠していないのがはっきりわかって、正直むかつく。

「神様からの依頼か。興味があるねー」
「古本屋に用なんだろ?ってことは禁書がらみか」
「よりによってこいつらに一応はトップシークレットを・・・っ」
「一応ってあたりがリアルだよなぁ。実質」
「あぁ、もぅ。だからつまりだな」

「おやぁ?珍しい。月の子(モンデンキント)が着ているじゃないか」

もういい加減飽きてきて、しょうがないから説明しようとした小林の背中で、妙に嘗めかましさを伴った低い声が絡まった。とたん、小林の顔色があからさまに悪くなる。聞きたくない声だ。リアクションからなにから、そう言外に言っている様は隠されていない。

「あ。骨董屋さん」
「やぁ、長谷くん。またいい品が入ったよ。今から仕入れる分も含めて是非ご紹介したいね」
「それは是非」
「っ、離れろ変態っ」

背後にぴったりと付き添った男に、あからさまに不愉快を喚いて小林はその男の相手に肘打ちをかます。
だが絵に描いたように胡散臭い格好の「骨董屋」と呼ばれた男は、くくくと笑いながら距離を置いた。

「あら。コバセンが変態なんていうなんて、よっぽど変態なのね、その人」
「あぁ、見事なぐれぇな。ったく、普段ろくにいねぇ癖に・・・」
「上客の匂いを逃すようでは商売人として失格でね」
「・・・・・でもその格好で商売やってる時点で商売人としては失格だと思うんだけど」

・・・・・・・・・・

「森、君さいこう!」
「すげぇ、骨董屋さんが固まってるの始めてみた」
「やるなぁ、嬢ちゃん」

「れ、レディ。これは私のポリシーだし、こうであって始めて私は私であることができるのだよ」
「まぁ別に初夏に完全防寒している神様とか、無駄にファンキーな元神とかいるから、別に胡散臭いって格好の骨董屋がいてもいいと思うぞ?」
「生徒に手を出した教師とかね」

フォローをしているらしい生真面目な顔の植木と、なおも追い討ちを書ける気まんまの森。
っていうか、それ思いっきりピンポイントだから。
だがそれよりも、実は不機嫌なのは別にいた。
植木だ。

「でも、骨董屋のおっさん」
「お、おっさ・・・」

「俺のコバセンに変な真似したら、たたっ斬るからそのつもりで」

にっこり。
ある意味宣戦布告。もしかしたら、敬遠。
意味を求めたような骨董屋の目線に、小林がなにかいえるはずもなく。

「随分、気の強いバスチアンのようだね、モンデンキント」
「その綽名とっとと捨てろ、ウザったい」

あぁ。だがもしかしたらタイミングは悪くなかったか?
この際、さっさと仕事が終ることを優先させるべきと考えようか。

「古いもん、てなら同じ分野か。
骨董屋。お前たちの業界で、素人に禄じゃないもん売ったうわさは聞かないか?」
「モンデンキント。素人と言うのは何所までをいうのかな?禄じゃないもん、とやらも同様だろう?」
「へぇへぇ。じゃぁ直球でいくぞ。赤い本が盗まれた。売り払われている可能性がある。奇書・希少本のコレクターのリストをよこせ」

もはや脅迫の言い分だが、いやそれより。

「なにそれ」
「もしかしてーアッピンの赤い本?
正しい発音ができたなら、その本に記された悪魔を使役できるっていう」
「よく知ってるじゃねぇか、流石狂喜作家殿だな」
「褒めことばときいとくよー」

かるーく本人は返したが、どう聞いても褒めてる言葉じゃないんだけどと高校生コンビは顔を見合わせているようだった。まぁ今更ということも重々承知しているようだが。

「なんかお前の本に似た性質らしいぞ?稲葉」
「俺のヤツと神様が首突っ込んでくるよーなのを一緒にするなよ、長谷」

少年たちが肩をすくめた。どこか笑いを含みながら。
それに大人たちも混ざってくる。

「まぁ実際なーんら文句言われるもんでもねぇからなぁ、お前のは」
「あ?ふつーの人だろ、お前」
「まぁ、つい数ヶ月前までは」
「ふん?」
「今修行中なんだよな、この新人は」

「新人」
「うん。魔道師の」
「すげぇ役にたたねぇけどな」

「しっけぇなぁあ」

笑い飛ばした声をそのまま文句を言ったのは、何故か突然出現した手のひらサイズのピエロだった。
げ。と森は反射的に声をあげたが、もうひとりは違った。

「お。こんちわ」
「ご機嫌うるわしゅぅ。はじめまして、私マスターの僕、フールと申します」
「うえきこうすけです」

ちっこいのに生真面目に頭を下げる植木に、森はふぅ、とひとつため息をついた。
一度はこいつの驚くものが見たい、とそう思ってのため息に他ならず。



・・・・・・・・・
当初クトゥルーでした。(ネタが
が、色々複雑になるので
もっとマニアックどころに(ダメじゃん
てか、本気で終らんかったorz
前後考えていたわけじゃないので
多分つづかないとは思います。
ってか需要がわからん・・・
(あぁでも侑士を活躍させてやる展開もおもしろそうだ←をい

因みにモンデキントとかバスアチンは果てしない物語より(笑




PLUS(佐野犬BD祭中にあげた、後日談。



===========



ちょっつきあってください、といわれて、まさか断るはずがない。
どこいくん?と聞くと、うん、ちょっと。と珍しくお茶を濁す。

かといって、着いた先は、文字通りに寂れたアパートだった。


「ここ?」
「はい」
「ワンコ・・・がすんでたとことちゃうやん?」
「うん。前に、こっちに留学してたときに住んでたとこ」


どこか照れくさそうに笑った犬丸は、うん、ともう一度頷いた。
もしかして学生時代の話とかをばらされるのを照れているのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・かわいい。

「わーんこーww」
「あ、ダメだって、佐野君っ」

なんか楽しくなって後ろから抱きついたら、困ったような照れたような悲鳴が上がる。
のと、一緒に、女性の歓迎する声が耳に届いた。
さすがに拙いかと周りを観るが、人の姿は見えない。

・・・・・・・・・え?

「こんにちわ。サクラさん。お久しぶりです」

犬丸は穏やかに、でもやっぱり恥ずかしそうにそう応える。
・・・・・・・・・なにもいない、玄関の端の方を見つめて。


「え?と」
「あ。佐野君。いきますよ。
多分、目的の人は食堂ですから」
「ん、あぁ」


良くわからないが、それでもワンコと同じあたりに頭を下げた。
ふわり、となにかやわらかい香りが鼻をかすった気がしたが、やはり誰もいるようには見えなかった。

ワンコはさくさくと奥に進んでいく。
きしむ音がやっぱり古い建物だと悟らせる。

「えーと、お邪魔します」

そして奥の戸をあけると、やわらかい出汁の香りがふぅわりと漂ってきた。


「あれ?新人神さまじゃないの〜」
「ワンコちゃんおっひさーw」

「・・・・・・・こんにちわ。佐藤さん、古本屋さんに・・・」


それから、酒の匂いにまみれた大人共。
ワンコは律儀にそこにいたぐだっ、とした連中の名前を挙げていく。
え?それにしてもなんや、このダメな空気。


「今日はワンコちゃんなんだー」
「この前、小林さんが着たでしょう?」
「きたよー。あと恋人さんとおかーさんつれてw」


・・・・・・誰のことだか、すぐにわかった。
が。このどう考えても一見さんでも「おかーさん」なんか、森。


「それの事件が解決したので。そのお礼です」
「律儀だねー」
「性分なので」
「で?そっちのこは?」
「小林さんが紹介したっていうから。
僕も紹介しておこうかなって思って」


・・・・・・・・・すいません、犬丸さん。
今すぐここで押し倒してもいいですか?





・・・・・・・・・・・・・・
 後日も何も(笑
 まだ続くかもしれない。
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